発達障害なう

ツイッターで、投稿したものをコピーしてあります。

【ご注意】このブログ(ツイッター含む)の文章の内容は、僕が障害を乗り越える過程です。現在進行形ではありますので、人によっては不快に思ったり、障害当事者の方は、フラッシュバックを起こす危険性もあります。文章で生々しく当時のことを再現しておりますので、閲覧される場合はじゅうぶんご配慮の上、自己責任でお読みください。また、自傷などは、一切僕はしておりません。
また、このブログに書いてあることは、あくまで、一障害者の発言であり、専門家の意見ではありません。僕の発言だけを鵜呑みにすれば、危険をともなうことになりかねません。そして、僕の文章は、全てを網羅するものでもなんでもありません。そして、発言内容を他者に押し付けるつもりもございません。その点、ご留意の上、お読みくださると幸いです。
【自己紹介】ADHD アスペルガー症候群 強迫性障害 反社会性人格障害 10才で診断。双極性障害は19才で診断。 小1からの出来事をツイートしています。発達障害関連無言フォローします。愛の手帳4(療育手帳B2)障害者手帳1級取得。精神年齢11才。亡母がアスペルガー・ADHD、現在19才。フリープログラマー♂ 2015年6月9日スタート

妻との馴れ初め

2014年。
18才の頃の僕はいつも不安を抱えていた。
その不安はたくさんあり抱えきれなくなっていた。

自分が発達障害であり、そのため自分自身がコントロール出来ないこと。
人とのコミュニケーションが取れないこと。
養護学校(特別支援学校)の高等部を結局3年間通えなかったが形だけ3月に卒業していよいよ外との繋がりが無くなったこと。

妹を高校卒業させてやらなくてはなからないこと。
そして大きな問題。
最愛の母の病状が思わしくないこと。
双子の兄、サイくんが精神的に不安定で引きこもっていること。
兄も僕と同じく発達障害であり、いや僕よりも自分をコントロール出来ないでいた。

そんな時に、何か手掛かりはないものかと始めたのがツイッターであった。
18才の梅雨の時期、ツイッターをはじめてすぐに、僕は相手の言っていることが理解できずに悩み始めた。
何について質問されているのかわからなかったり、その言葉の中に悪意があるのかわからなかったのだ。
下手すると全てを悪いものと捉えてしまい、すぐに噛みついてしまっていた。
フォロワーさんは、少しずつ増え始めいつも声をかけてくれる人が出来始めた。
その中で、僕はなんとなく「この人なら話を聞いてくれるんじゃないか?」という人に初めてこちらからDMをしてみた。
その内容は、この人は何を言っているのか教えてほしい、というような内容だったと思う。
僕はその当時、DMでサイコパスについて批判されることも多く、なんとなく悲観的だったと思う。

もちろん、その時点でその人が男性か女性かいくつのひとなのかなんてわかる由もない。
その人は丁寧に親身になって教えてくれた。
その人はスイと言う。
僕はスイに教えられて安心した。
ありがとうを言ってDMから離れたが、もっと話したかったなと思った。

翌日も僕のツイッターは荒れていた。
僕は当時どんなに忙しくても全員にコメントを返していたし、じっくり考えていたのでいちいち時間がかかってしまっていた。
ツイートも、僕が言いたかった部分にどんどん迫り、楽しくて仕方がなかった。
スイにそれを言いたくて、我慢はしていたんだけれども、またDMしてしまう。
すると頑なな僕が不思議に馴染んだ様子で話せて、気分が良かった。
それからは、毎日DMで話すようになった。
そして毎日DMで話せないとつまらなくなるし、字数制限かかった時にLINEを教えた。
そうこうしているうちに、スイと電話で話したくなる。

ちなみに僕は案外フランクな性格だ。
ツイッターの中でも電話でなら話したことがある人も多い。
きっと暗い人なのだろうと思った人は驚くだろう。
早口でトーンの高い声の男なのだ。(話し方が若いとは言われる)

いつも僕を助けてくれるスイとならきっと楽しく話せるのだろう。
電話をしてみると思った通りテンポ良く話が進み楽しい相手だった。
それからはいつも電話で話をするようになった。

季節は夏になっていた。
それにしても電話では、不思議なことがあった。
スイは僕がどこに住んでいるのか、どんな人なのか聞きもしなかったのだ。
僕の方がいちいち興味を持ってあれこれ聞いていたというのに。
ある日あんまりなので、聞いてみたら
「あ!」
と、スイは言った。どうやらすっかり忘れていたようだった。
そういえばいつも自分のことばかり話すスイ。
おかしいな、この人も何かあるのかなと今までの話を思い出してそう思った。
異常にそそっかしいこと、落ち着きがないこと、思い込みが激しいことなど。

面白いことに、僕が出来ないことをスイは得意としていて、スイが出来ないことを僕は得意としていた。
年令は初めから知っていた。
27才年上なことも、離婚はしているが子供がいることも知っていた。
年上なことは大歓迎だ。
同じくらいの年の人とはなかなか今までもうまくやれなかったので、かなり年上の方が素直になれた。

しかし、子供となると、僕にはどうしたら良いのかわからない。
僕は諦めるよりないのかなとも思ったが、何か策はないかなとも思った。
すっかりスイとの将来を(勝手に)考えるようになってしまっていた。

そこで考えたのが、子供と仲良くなること。
スイの良き旦那さんになること。

電話をしながら子供のことをアドバイスしたりした。
子育ては女性一人では大変なこともある。
そんな時には僕は一緒に良い方法を考えて、まるで自分のことのように考えた。

そして母が48才で急逝。
ショックのあまりツイッターも少し休んでしまった。
この時もスイにかなり支えてもらった。
もちろん、ツイッターのフォロワーさんには、物凄く支えてもらった。
僕は皆さんがいなかったらこれを乗り越えていたのかもわからない。
本当に感謝しています。

そして冬になろうとしている12月。
スイに花束を贈りメッセージカードにとても今では赤面で言えないような文句を吐くのであった。
そのカード、まだスイは大切に残している。
捨ててくれないかな・・・。

2015年。
年が明け、物事は急展開する。
子供は元旦那さんのところに引き取りたいという裁判が起こされそうになった。

僕は子供を引き取っても良いと考えていたので行方を見守ることにした。
そして2月こっそりスイの住む高知県の四万十市に会いに行った。
本当に衝動的に行ってしまった。
やはり子供には会えなかったが、スイの家も見れたし一緒に四万十川も見れたので感激した。
そして何よりも、スイに会えたことは嬉しいの一言であった。

初めて会った待ち合わせ場所にスイは5つも6つも荷物の袋を持って来た。
僕はその姿を見て面食らった。
転がるようにして大きな荷物を持つ人・・・。
変な人だな、とそう思った。
中身は僕への手作りのプレゼントばかり。
それと、これはもう僕今でも忘れられない。
お弁当・・・。
母が亡くなったばかりだったので、これにはノックダウン。
泣きそうになりながらお弁当を食べました。
そして、僕は絶対にスイを大切にしようと心に誓ったかもしれない瞬間でした。

そしてそれから丸々半年くらいたって、子供の親権について裁判などでガタガタし結局スイは負けてしまいました。
この裁判の間に僕は実際に子供達と関わり子育てを経験するのです。
子供って可愛いですね。 
貴重な経験をさせてもらいました。
これについては、また後程書きたいと思います。

2016年
母の一周忌を終わらせてから12月の僕の誕生日に、僕はスイと結婚しました。
出会ってから2年でした。

結婚してから、スイはADHD/アスペルガーだとわかります。
まあ、そんなことは僕には関係ないんですけどもね。
要は、お互いがお互いを思いあっていられる関係だからうまくやれるんだと思っています。



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僕のRPGは現実世界になる 第二話

僕のRPGは現実世界になる  第二話

※文章中の出来事は全て実話です。創作ではありません。
尚、身バレしない程度にフェイクを入れる箇所もありますがご了承ください。
(ほぼそのままですが)

第一話はこちら


「アル!」
僕は街に二人で行ったころからアルをすっかり呼び捨てにするようになっていた。
僕のネトゲ内での呼び名はライ。
だからアルは僕のことを「ライ!」と呼び捨てにしていた。

僕に呼ばれたアルは剣を出して返事する。
「あっちだ!」
アルが剣で指し示した方向には、息をのむほど不気味な骸骨がいた。
大きなモンスターがひしめくここはダンジョン。
地下牢のようなところにうようよと、ロウソクが灯るだけの場所で僕たちはレベルを上げていた。
突然毒グもが襲ってくることもある。
そんな時は僕が先陣を切って縦となり、アルがとどめを刺す。
そんな狩りの仕方が自然とカタチになっていった。
ダンジョンは危険だが、ここは経験値もうまいし、モンスターを倒してもらえる報酬も高額だ。
最初は入口で二人してやられてしまい、死んでしまったが、何度もトライしてやっと狩りと言える位にまでお互いに腕を磨いた。
そこでわかったことがある。
何でもかんでも突っ込めばいいというわけではないということだ。
敵が大きければ大きいほどそうだ。
よくよく作戦を練り、タイミング良く斬り込まなければただ犬死するだけだ。
僕たちは、死んだりしたときは、何故そうなったのか反省会をした。
たかがネトゲだが、二人にとっては真剣である。

「いいか?相手の動きをちゃんと見るんだ。不規則に動いているように見えて実は同じだ。」
アルはそう僕に言う。そして続いてさらに
「ライがタゲを上手に取らなくては、こちらに下手すると攻撃が来る。」
僕は
「わかっている。責任重大だな。でも任してくれ。次はうまくやる。」
ダンジョンに入ると、大きなモンスターは突然目の前に現れた。
僕は咄嗟にモンスターに向かい走った。
まずいことにターゲット(的)がアルになってしまったようだ。
「おい、お前、相手はこっちだぞ!!」
と僕はモンスターを挑発する。
アルからモンスターを離すためだ。
アルは
「ライおい!危ないぞ!」
モンスターは思惑通り僕に向かって突進してきた。
その姿はゾッとするものであったが、今はそんなことでビビっている場合ではない。
「ヘイ!来いよ!遊ぼうぜ!」
と迎え討った。

そよそよと揺れる草。
穏やかな光が射し込む教室。
机と椅子は木で出来ていて、あちこち傷がついていた。

「みらいくん。ここか。」

教室のドアから、ぬっと現れたその姿は、まるで朝戦ったモンスターのようにデカイ大人だった。
名前を呼ばれたところで、返事するようなことはしない。
そもそも、呼んでくれとお願いしたわけでもない。

「これから30分ほど勉強をするのだが、なにをしたい?」
デカイモンスターは言った。
「知らない。つかあんた誰。」
僕は椅子をガタガタ言わせながら口を尖らせた。
「先生だ。」
デカイモンスターは当たり前だというような顔で言った。
僕は
「誰の?誰の先生?」
するとデカイモンスターは
「君のだよ。みらいくん。」
とまた言った。
僕は
「そんなのお願いしていないけど。」
とデカイモンスターの真似をして当たり前だというような顔で言う。
「君が決めていなくても、先生なんだよ。」
その大人のデカイモンスターは、少し顔を歪ませた。
大人は大抵こういう顔をする。
よく見る顔だった。
そしてこういう顔をする大人はトンチンカンなことばかり言う。

勉強しなさいとデカイモンスターは言ったが、僕はそっぽを向いていた。
外の光はキラキラ揺れる。
手をかざしてみる。
指の間から光線が放たれたかと思うと、掌は真っ赤になった。

「今日は学校で何をしたの?」
と車で迎えに来た母が聞く。
「別に。」
僕は窓から外を見ながら、下校する生徒を見ていた。
もしかしたら一緒に帰っていたかもしれない友達は、3~4名で大笑いしながらランドセルを背負って走っていた。

「そう。」
母は表情を変えずに家に車を走らせた。
いつも母はそうだ。この変えないところが助かっている。
学校はストレスだらけだ。
それなのに、帰って早々あれこれ聞かれた挙句、落胆され怒られたのでは嫌になる。
僕だって、母を失望させたくはないのだ。

自宅に到着すると、母は
「お疲れ様、ゆっくりなさいね。」
と声をかけてくれる。
僕は、うむ、と偉そうに返事し、玄関でもつれながらバタバタと自室に走る。
さあ、また冒険の世界に飛び込もう。

ログインするとアルはやはりもういた。
「こんにちは!」
そういうとアルは振り向くようにして
「おかえり。」
すると、言ったその先にもう一人誰かがいた。
「お邪魔しています。」
誰だ誰だ誰だ、と脳内はすぐさま沸騰したが、そんなことはおくびにも出さずに
「ノノ」
と反応した。
ノというのは、カタカナのノだが、まるで手を上げているみたいに見えるので挨拶によく使う。
「ノノノ」(よう!)
というような感じだ。
アルは
「なあ、俺たちでギルドを作らないかと話していたんだ。」
「そう、そうなんです。どうですか?」
もう一人の名無しはそう言う。
僕は
「どうって。ギルドって何?」
名無しは
「大人数が集まった集合体ですよ。団体ですね。簡単に言えば現実の世界の会社みたいなものです。
皆で一緒に同じエンブレムをつけて一緒に戦うんですよ。
例えば、ギルドに入ればいつもは一人でも、所属していればいつもよりも早く狩りのパーティにありつけることが出来る。
レベル上げだって手伝ってもらえたり、アイテムの情報もやり取り出来ますよね。
そして、ギルドのメンバーは、それぞれこのギルドに所属しているんだってことをちゃんと自覚してもらうとか、加入するのに条件があるところもありますよ。」
と説明をしてくれた。

この名無し。
なかなかこの世界のことをよく知っているようだ。
「だからさ、俺たちも二人で闘っているが限界があるだろう?そこでギルドを作ったらどうかって、彼の意見に乗り気なんだよ。」
と、アルが言う。
僕は、特に異論もないし、面白そうだったのでワクワクしてきた。強くなれるのならばなんでもいい。
「うん、賛成。いいじゃんじゃないかな。」
「よしっ!」
と名無しが叫んだ。
そして
「良かった!あ!俺はマニア。」
そう言われ彼の姿にカーソルを当てると「mania」と浮いて出てきた。
「うん、よろしく、僕はライ。」
と、人生初めてと思われる挨拶を僕は済ませた。

「そこで、ギルドマスターだが、ライやってくれるな。」
と、アルが突然言った。
「ああ、もちろ、え!?ちょっと待って。何故僕。」

アルとマニアはニヤニヤしてちっとも理由を答えようとはしなかった。



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ツイートいろいろ

思いを形にするのが愛だ
どんなに思っているとしても
形が無ければ見えない

どんな場合でも
人のせいにはしない言い訳もしない
どう思われたとしても
不義理になっても人のせいにはしない

生まれてからまるで新幹線に乗っているようだった
だから何も見えなかった
今やっと普通のスピードになり周りが見えてきて
一気に怖くなったんだ

働きたいと思うが
対価をもらうのが怖い
働くことだけしたいのに責任を伴うのが怖い
出来ればただ働かせてはもらえないだろうか
お金をもらうために働きたいのではなく
身体を動かすために自分のために
働いてみたいんだ
(アスペルガーで引きこもっている兄の言葉)


不登校で小中学校も高校ももちろんロクに行けなかった
今やっと学校に行ってみたいなと思えるようになってきた
実年齢から0.7を掛けたのが
僕の本当の年齢なんだ
心が追いつかなかったんだ
せめて義務教育の通えなかった分を年齢を問わず
再入学出来るよう法律を改正してほしい


勉強したいからだけで学校に行きたいのではなく
クラスを体験したり友達を作って遊んだり
貴重な経験をしてみたいからだ
発達障害でハンデがあるのに何故同じ年齢で見ようとするのか
不思議で仕方がない理不尽だ
僕は全く経験出来ていないというのに
(アスペルガー兄の言葉)


遠くを見ていては近くが見えない
近くを見ていたら遠くが見えない
近くは何かあっても手が届くのだから
すぐに対応出来るけど
遠くは出来ない
だったら遠くを見ていよう

もしも子供に期待するなら
社会での活躍ばかり見ずに
人としての可能性を信じて欲しい
障害があって今やれないことも
やれないからと今諦めないで欲しい
可能性まで諦めるなら人はなにも育たない
親が諦めず働きかけ続けることで
子供が成長するんだと思う


君はコレをしなさい
ではなく
君は何が出来る?
の方が助かる


兄の言葉を聞いていると
社会にはハンデを持つ人の働く場所が少ないと感じる
今後は療育だけでなく
これをどう改善して行くのかが肝になる
僕も兄の言葉を聞ハッとした
これからは何らかのカタチで
障害者支援の店を開店したいなと本気で思っている
まだ夢の段階だがカタチにしたい

社会に自分の居場所があるということは
なんてチカラになるのだろうか
生産性を追い求める時代は
とっくに終わったんだ
これからは中身だ
出来る出来ないではなく様々な人が居場所として

求めることを目標として笑顔を集めたい

発達障害の当事者だからこそ出来る事もあるかもだ




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