発達障害なう

ツイッターで、投稿したものをコピーしてあります。

【ご注意】このブログ(ツイッター含む)の文章の内容は、僕が障害を乗り越える過程です。現在進行形ではありますので、人によっては不快に思ったり、障害当事者の方は、フラッシュバックを起こす危険性もあります。文章で生々しく当時のことを再現しておりますので、閲覧される場合はじゅうぶんご配慮の上、自己責任でお読みください。また、自傷などは、一切僕はしておりません。
また、このブログに書いてあることは、あくまで、一障害者の発言であり、専門家の意見ではありません。僕の発言だけを鵜呑みにすれば、危険をともなうことになりかねません。そして、僕の文章は、全てを網羅するものでもなんでもありません。そして、発言内容を他者に押し付けるつもりもございません。その点、ご留意の上、お読みくださると幸いです。
【自己紹介】ADHD アスペルガー症候群 強迫性障害 反社会性人格障害 10才で診断。双極性障害は19才で診断。 小1からの出来事をツイートしています。発達障害関連無言フォローします。愛の手帳4(療育手帳B2)障害者手帳1級取得。精神年齢11才。亡母がアスペルガー・ADHD、現在19才。フリープログラマー♂ 2015年6月9日スタート

僕のRPGは現実世界になる 第一話

「僕のRPGは現実世界になる」
僕はオンラインRPGにハマっていましたが、それはただのゲームだけに終わりませんでした。
そこから得たものは今の仕事にも生かされているのです。
それはどんな内容だったのか書こうと思います。
小説並みに長くなるので少しずつ書きツイートしてからブログにもまとめます。

尚、とても残念なことに当時ゲーム内で散々撮ったスクリーンショットが見つかりません。
もしどこかにあればブログに貼りたいと思います。
パソコンをしょっちゅう変えているし、リカバリーもしているので、
もしかしから外付けハードディスクに残っているのかもしれません。
そこまではまだ見てなくて。


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『僕のRPGは現実世界になる』
第1話


目を開くとそこには腰までの草が生えていた。
眩いばかりの緑がぱっと広がる。
僕は布をまとっただけの質素な服で突っ立っていた。
遠くから心地よい音楽が流れてくる。
ハーブのような柔らかい音色だ。
どこから鳴っているのか虫の声と合奏している。

僕は今日からこの仮想空間に住むのだ。
ネットでアクセスする多人数参加型ロールプレイングゲーム(MMORPG)だ。
これを目にした時ワクワクした。
現実世界の僕というキャラクターではうまくいかないから余計にだ。
新しく生まれ変われる、強くて逞しいかっこいい僕にね。
そんな夢を見ていた。

住み心地は良さそうだ。
自分の身体を確かめるように歩いたり走ったりしてみた。
走るたびに僕のブロンドの髪が跳ねた。
冒険は大好きだ。
行ったことがないところに先陣を切って行くのが性に合っている。
だから懐にナイフを持っていることに気が付いたとき小躍りしたのだ。

「これでモンスターを倒せる。」

この美しい草原には場違いなくらいの変な顔をしたモンスターが出た。
はじめて出会ったときは驚いたがもう慣れてしまった。
今では一撃で倒せるようになり倒してもらえる報奨金で少しずつ防具を買い揃えた。
何しろ戦うのに質素な布の服では僕のダメージが大きい。
一気には買えないのでコツコツと集めた。

そのうち同じ場所で戦うアルと顔見知りになり
お互い励ましあいながらモンスターを狩るようになった。
アルは茶色の髪の無口な男で僕がログインするといつもいた。
ある日のことだ。

「向こうの街エリアに行かないか?」

ゴブリンを倒しながらアルは言う。

「いいね。街!よし、すぐに行こうよ。」

それには準備だ、と僕は野原の倉庫に走り出した。
嬉しくてたまらない。
いつか街には行ってみたかったが道中一人ではきつかったのだ。
ワッとモンスターに囲まれて僕はすぐにいつもの草原に戻された。
二人で助け合えば街に着くかもしれない。

さようなら美しい草原。
僕には次のステージが待っている。

遠くの方で僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。
優しくて穏やかで。
あれ、誰だったかしら。
ふっと薄目を開けてみる。薄暗い柔らかな光の中に人がいる。

「起きた?学校ですよ。スクランブルエッグ作るからね。」

そう言うとその人は去って行った。
学校ってなんだ、アルはどこに行ったんだ確か街に着いて。

そうだ、命からがら散々だったけれどなんとか街には着いたんだ。
酒屋から賑やかな音楽が鳴り響く街は
どこもかしこも石畳が敷かれ人がひしめいていた。

各々が好きなように店を出し、商売をしてお金を貯めていた。
その光景に2人で面食らい、田舎者だったことを思い知らされた。
そこはまるで別世界だ。

美しく光り輝く七色の防具や剣を持ち、優雅に仲間同士で語り合っていた。
彼らはまるで天使のようだ。

聞いたこともないモンスターの名前も聞こえた。
僕が着ている防具なんて捨てるような価値だということも知った。
途端に恥ずかしくなり肩身の狭い思いをした。
もっと稼いで良い防具を揃えたい。

僕は唇をかんだ。
悔しいと思った。
アルもそうだろう。
二人で橋の上に立ちただ黙って茫然としていた。

仮想空間の川は一方方向に流れ、佇む二人を動かそうとしていた。

「起きなさ、あら起きているのね。早くこっちにいらっしゃい。」

僕は我に返った。
ドアの向こう側からは卵の良い匂いがしてくる。

ベッドからノロノロと立ち上がり廊下をゾンビのように歩いた。
ダイニングテーブルには好物のスクランブルエッグがベーコンと置かれていた。
椅子にどっかと座りぼうっとする。
さっきの世界の僕と違いこっちの世界ではすぐには頭が回らない。
僕のエンジンは温まるのが遅いから身体も動かない。

半分腫れた瞼を重いシャッターを開けるように持ち上げてみる。
しかし重力で瞼は閉じようとする。

「昨日何時まで起きていたの?具合悪いの?」

柔らかな光の中の人は聞く。

「わかんない。」

と言って僕の瞼は閉じた。
おでこをそっと触る気配がした。
おでこよりも温かな手は母のものだった。

アルと街に出かけたんだから。
夜更かししたに決まっている。
夜更かしというかアルといる世界は明るかった。
太陽がずっと昇っている世界さ。
だからずっと遊べるんだ。
時間なんてない。
そのうち昼も夜も季節だって再現する世界も出来るかもしれない。
星空を見ながら寝そべって蛍だって飛ぶかもしれない。

「これから行きます。」

母は学校に電話を掛ける。
これから意味のない時間を過ごす。

僕は小学生という自分の身分にウンザリしていた。
反抗するように手ぶらで登校する。
ランドセルなんて背中にへばり付くから嫌だ。

車での登校はこれは悪くない。ただ、やることが無い。
一体学校で何をしろというのか。

薄暗い人の臭いのする校舎に入り玄関で出る時に嫌々履かされた運動靴を脱ぐ。
渋々脱いでいるので時間がかかる。
母は横で根気よく待つ。
今は授業中で玄関に誰もいない時間だ。
わざわざその時間を狙って登校している。
人に会うことが嫌なのだ。
腹が痛くなってくる。ストレスなのかしょっちゅうだ。

靴を脱ぎ暗い校舎の廊下を歩く。
上靴がたまにキュッという。

僕は特別支援学級に所属している。
中庭の見える教室だ。
中庭にはプランターがいくつも置いてある。

ふとよぎるあの美しい草原の光景。

風と虫の声が脳内で聞こえる感じる。
早くあの美しい草原に帰りたい。
人の臭いのしないあの草原に。






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子供からのお願い

去年のツイートです。
短文ばかりです。




もしも子供に期待するなら
わたしの子だからと
期待するのではなく
人としての可能性を信じて欲しい

障害があって今やれないことも
やれないからと諦めないで欲しい
可能性まで諦めるなら
人はなにも育たないから
親が諦めず働きかけ続けることで
子供が成長するんだと思う
2015.12.04

もしも子供に期待するなら
わたしの子だからと
期待するのではなく
人としての可能性を信じて欲しい

障害があって今やれないことも
やれないからと諦めないで欲しい
可能性まで諦めるなら
人はなにも育たないから
親が諦めず働きかけ続けることで
子供が成長するんだと思う
2015.12.04

人から
指示されたり
注意されたり
命令されたら
誰だって嫌な気分だ

子供だってそう
毎日家で叱られたら
疲れてしまう

ダメでしょ、ではなく
こうしようね
と言われたら
聞く気にもなる

否定しないで
肯定してほしいんだよ
穏やかにね

親は人前で子供のことを
褒めることが苦手なのですか
謙遜しているのか遠慮しているのか
わが子をけなす人がいるけれど
隣に子供がいるときは
やめてほしいのです
うちの子はオデブちゃんだから
頭がよくないから
わざわざ披露しないで欲しいのに
言われた子供は泣きそうだ

子供が不適切な行動を取った時
世間様に恥ずかしい
あなたのせいで親が
恥ずかしい目にあった
そんなおかしなプライドを持ち出して
怒鳴らないで
自分のプライドが傷ついたからと
子供を人前で傷つけてしまうことは
あってはならない
理由を探ることが先だよね

褒められることは大好き
さすがだね 天才だね 素敵だわ 可愛いね
子供はもっと褒められようと頑張ります
でも褒め方にもタブーはある
せっかく褒めたのにもっと頑張ってもらおうとして他人と比べてみたり
いつもこうならいいわと嫌味を言うのは
褒めたことが台無しですよ


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一番辛い時期

母について、去今からちょうど一年ほど前、クリスマス頃にツイートしたものです。
この頃は、まだ、母を亡くしてから日が浅かったので、心の整理も出来ていませんでした。
体調もメンタルも調子が悪く、兄や妹の世話をしながら、自分を整えていました。
仕事は、休業していました。

今思えば、一番辛い時期だったと思います。

【2015年12月18日 ツイート】

部屋の片付けをしていたら、母の遺品がほとんど無いことに気が付きました。
服も下着もバッグも時計も使っていたブラシも食器も全てありません。
あるのは使っていない昔の携帯と、アクセサリーボックスだけです。
遺書もありませんでした。
写真は、まとめて引き出しの中にしまわれていました。

完璧に私物が片付けられていることに、今更気が付きました。
いつもバッグが掛かっていたフックに何も無いことにも、今気付いて驚いています。
洗面所も、歯ブラシだってコップすらありません。
おばあちゃんに聞いたら、服は、廊下にまとめられて置かれていたそうです。
袋二つ分だけだったみたいです。

僕は、母を亡くしてからバタバタとしていて、ほぼ事務所暮らしでしたから、家に帰ることが少なかったので、家の変化に気が付きませんでした。
母は入院する時に、全て自分の私物を、処分してしまっていたようです。
僕たちが大変な思いをしないように、配慮してくれていたのかなと思います。

飛ぶ鳥後を濁さず、というように、綺麗に片付けて逝ったのでしょう。
僕は、49日を過ぎてから、後片付けをしようかなと考えていましたが、
どうやらその必要も無いようです。
調理用具や、皆が使うものだけが残っていますから、大切に使いたいと思いました。

【2015年12月24日 ツイート】

【母について】
自分の我儘を通して思い通りに楽しんできた
親に心配をかけたり不運もあったかもしれないけれど
わたしはすべてを含んでも人生を楽しんだ
重ねる時の数で重さを測らずに
重ねる楽しさで測りなさい
ママは楽しかったわ
子供たち
一緒に楽しんでくれてありがとう
感謝しているわ

クリスマス前夜ですね。
僕はずっと母について、うまく言えませんでしたが、やっと心の整理もついてきたと思います。
ツイッターをはじめる前から、僕は母を失うことについて逃げてきました。
どうでもいいやとか、無理するからだとか、可愛い子供を置いていなくなるとは、酷い親だとも思いました。

残された子供はどうなるんだと、産んでおいて無責任だと思ったこともありました。
しかし、それを誰かに言うわけにもいかず、一人悶々としていました。
母はいつも僕たちの傍にいたわけではありませんでした。
病弱であり、入退院を繰り返していたので、小さい頃は子供たちは皆遠慮ばかりしていました。

子供である僕たちからしたら、見慣れない母は「知らないおばさん」であったのです。
特に妹は、真面目にそう思っていたそうです。
中学生になる前に、「知らないおばさん」から、「実はお母さんでした」となったそうです。
ですから、妹が母とまともに過ごせた時期は、僅かに6年ほどでした。

僕は一番たくさん母と過ごせたと思います。
僕はとても問題児であり、母しか受け付けなかった時期があったからでしょう。
そんな具合で、僕以外の兄妹からしたら、彗星のように現れた母は非常にセンセーショナルに見えたようです。とにかく強烈なキャラクターでしたので、当然子供は最初戸惑いました。

特に中学生だった妹は大反発しました。
それはそうでしょう。
いきなり知らないおばさんに、お母さん顔されたら、頭にくるでしょう。
一通りの反抗をしていましたし、僕から見てもアラアラという感じでした。
僕はどうなるかなと傍観していましたが、あっという間に妹と母は仲良くなり結束したのでした。

僕が思うに、母は「真剣そのもの」であり、反発する娘に対して「目を離しません」でした。
とにかく何事も誤魔化すことはせずに、「ガチンコ勝負」だったのです。
そして、良いところをいち早く見抜いて、褒めたりもっと良くなる方法をアドバイスしていました。
人として信頼を得ていったのです。

僕はそれを目の前で見ていました。
親だからとか、自分の子供だからとか、そう意識を取っ払って、人として向き合っていました。
そしていつも、「あなたが大好きだ。」と、言い続けていました。
ずっとずっと何があっても言い続けたのです。
そして、外部から徹底的に守る姿と、厳しさも見せました。

そんな見本のような強い母でしたが、だからといって完璧ではありませんでした。
そんな聖人のような人が居るわけがありません。
数え切れないくらいの失敗もしていました。
しかし、とっても自分と人に、素直だったと思います。
また、人生を楽しんでいました。
なんでもかんでも楽しいと笑っていました。

そう思って、ため息をついていたら、母が一番先に言ったことを話したのです。
僕の肩をポンポン叩きながら。
手をギュッと握って、笑いながらです。
「人間の欲は限りないわねぇ。」
と言いまるで、同志にするように、グッと僕の肩に手を当て、
「でも愛すべき人は憎めないわねぇ。」
とニヤリとしました。

「先に行くわ。じゅうぶん楽しんだの。一緒に楽しんでくれてありがとう。自分の身体が限界になったから、さようならの時が近づいていますよ。」

僕は、それをどう処理していいのかわからずに、ふっとツイッターを始めてみたのでした。
母を失えば僕はどうなるのか、僕にもわからなかったのです。

僕は、涙を流すことも出来なかったから、苦しさも人に素直に言えませんでした。
まるで、感情が詰まっているみたいでした。
本当は、とても悩んでいました。
大好きな母を亡くすことを認めたくはなかったのです。
だから、平気な顔をして「母語録」を書いていました。
現実逃避したかったのかもしれない。

現実逃避をするうちに、僕は平気だよ、まったく平気である。
人の気持ちなんか持ち合わせていない。
母を失ってもなんてことはない。
ノーダメージだ。
そういう渇いた心の中に、少しずつじわじわと、育ってきたものを感じました。
自分を見つめることで、素直な僕が大きく育ったのだと思っています。

最近よく言われるんです。
僕が本当に変わったって。
僕は最初はそうは思いませんでしたが、だんだん自分でも自覚するようになりました。
最初の頃はトゲトゲしくて、人を馬鹿にしたり、蔑んだり生意気で、やりこめることしか頭にありませんでした。
それが、柔らかく和やかに穏やかになったのです。

ありえないことに、利己的だった僕が人を助けることまでするようになりました。
いったい僕はどうしちゃったのでしょうか。
人が変わったようだとも言われます。
何がそうさせたのか、僕にはまだわかりません。
育った部分は経験を経たこと、自分を認めたことのおかげだとは思いますが。
不思議です。

ただし、だからといって、僕の思考の仕方や回路が修正されたわけではありません。
自分でもどうしようもありません。
そこが障害を受けているのだから、治しようがないのです。
以前書いたことは、まだ僕の中にどうしても存在はするのです。
それでも、僕はそれを含んだまま学んだのだと思います。

亡き母も天に逝って、僕は明日19歳になります。
最後の18歳の今日に、ぶちまけようと思います。
夜中だっていうのに、馬鹿みたいだけど、しょうがない。
今日だけにするんだから。
僕の愚痴は今日だけなんだから。
今までうまく言えなかったけれども、母が居ないことはとてもストレスです。

家にいると、タイムマシーンがしょっちゅう僕の脳内に現れます。
家族皆で居た時の笑い声。
歓声。
失った時間ばかり戻ってきます。
打ち消そうと、そこに溺れないように必死で掃除をするけれども、拭っても拭っても湧いて出てくる。
戻してほしいと何百回も思いました。
辛くて辛くて身体が震えてきます。

この辛さを乗り切らなければ駄目なんだと、自分に言い聞かせながら、コツコツ家事をします。
兄や妹の方が強いです。
淡々と自分を生きています。
僕が一番堪えています。
見習って頑張ろうと思う、流されそうになるの繰り返しです。
自分の人生を楽しもうと踏ん張ろうとしています。
まさに崖っぷちです。

そんな風なので、休業をしたのです。
仕事は今はほとんど出来ない状態です。
でも僕はこんな自分も良いと思っています。
きっと以前ならここまで凹んだりしなかっただろうから。
ヘラヘラ笑っていたかもしれません。
ああ、成長する過程かも、これでいいんだ、って感覚です。
試練なのでしょうね。

最後の18歳に、僕はきっと今までたいして長くは生きていないけれども、一番人間くさくて、弱くなっているかもしれません。
辛いけれども、こういう思いを知ることが出来て良かったと思っています。
知ることで、もっと強くなれると信じています。
母のように、人生を楽しめる人になりたいのです。



辛い中でも、皆でクリスマスをしました。
母は、クリスマスをいつも楽しみにしていましたので、
必ずやってね、と遺言で言われていました。


今日は、家族みんなで集まってクリスマスにしました。
兄貴は、やったことないくせに張り切ってケーキを用意し、お皿やらテーブルセッティングまでしてくれました。
僕は、チキンをケンタッキーで予約してあったので、取りに行きました。
妹はサラダを用意して、サイくんはシャンメリーを開けました。

ケーキのロウソクに火を点けて、みんな何を言っていいかわからずに、黙ってしまいました。
亡き母がイタズラしに行くからねと言ってましたが、もちろん何も起こらず、火はゆらゆらと揺れました。
サイくんに火を吹き消してもらい、ケーキを切り分けて食べました。
皆でクリスマスに集まるのは最後です。

それぞれ、ここから新しいそれぞれの道に歩いていきます。
母は、きっとそう踏ん切りを付けさせたくて、亡くなってすぐのクリスマスを皆で集まらせるために、パーティをしなさいと言い残したかもしれません。
家族で顔を合わせ、心新たに、生きるためにチキンを頬張りました。
美味しかったです。



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