発達障害なう

ツイッターで、投稿したものをコピーしてあります。

【ご注意】このブログ(ツイッター含む)の文章の内容は、僕が障害を乗り越える過程です。現在進行形ではありますので、人によっては不快に思ったり、障害当事者の方は、フラッシュバックを起こす危険性もあります。文章で生々しく当時のことを再現しておりますので、閲覧される場合はじゅうぶんご配慮の上、自己責任でお読みください。また、自傷などは、一切僕はしておりません。
また、このブログに書いてあることは、あくまで、一障害者の発言であり、専門家の意見ではありません。僕の発言だけを鵜呑みにすれば、危険をともなうことになりかねません。そして、僕の文章は、全てを網羅するものでもなんでもありません。そして、発言内容を他者に押し付けるつもりもございません。その点、ご留意の上、お読みくださると幸いです。
【自己紹介】ADHD アスペルガー症候群 強迫性障害 反社会性人格障害 10才で診断。双極性障害は19才で診断。 小1からの出来事をツイートしています。発達障害関連無言フォローします。愛の手帳4(療育手帳B2)障害者手帳1級取得。精神年齢11才。亡母がアスペルガー・ADHD、現在19才。フリープログラマー♂ 2015年6月9日スタート

人への不信感

【ツイッター10月13日】

今でも人への不信感は消えてはいません。
もともと人間不信で苦手だったのに、味方だと思っていた家族から
受けた仕打ちは、僕には大きなショックだったからです。
それが自業自得だと言っても、騙されたような感覚は今でもゾッとします。
結果不安定になってしまいもう二か月まともに仕事が出来てません。

僕が家族からはじかれて一人だけ旅行に連れて行って
もらえないなんてことを、まったく知らないでいたころ。
家族は着々とどこに行こうか観光の計画を練っていたに違いない。
そして、皆で示し合わせてかん口令が敷かれたのだ。
そうとは知らずに僕は日々、
自分のしてしまった暴言の数々を悔いていた。

毎日が辛くて、落ち込み死にたくもなったし、
実行しようかと彷徨ったりもした。
思いとどまり、病院に行き、
担当医にやらかしてしまったことを話したりもした。
薬を増やしてもらったりしたが心は穴が開いたまま脱力し、
仕事が手につかなくなった。
頭も回らなくなり、食べ物の味もわからなくなった。

生きて乗り越えようとしたが、力が入らず、陰湿になっていった。
人への不信感は悪化するばかりだった。
否定的なことばかりを口にする僕に
「そんなことはないよ。」
と慰めてくれる人もいたが、信じられず嘘ばかりだと思っていた。
常に怒りを持ち、人を疑った。
まるで昔の僕が戻ったようだった。

僕は連絡のつかない人だ。
仕事のやり取りはメールで済ましてしまうし、電話に出ない。
LINEも滅多に見なかったりすることが多い。
そのせいで僕が苦手とする人物が
僕にコンタクトを取れないので困り果て、妹に相談してしまったのだ。
ある日、僕の仕事前に突然苦手な人物と妹が乗り込んできた。

妹だけ来るはずが、二人で実家に来られてしまったので、
逃げるわけにもいかず、僕は固まってしまった。
会いたくないから連絡をしないのに、なんて図々しいのだ。
妹を使うとは酷い話だ。僕は頭に来た。
しかも仕事前だ。集中が途切れてしまう。
それを話してお引き取り願おうとすると、妹は切り出した。

「前にもそう言って時間作らなかったよね。
忙しいとか言って。
でも、あの時は忙しくなかったじゃない。何故嘘を付くの?」
そりゃ会いたくないからだし、
人に会う気持ちに余裕がないからだと応戦するも、
嘘つくということに妹はこだわり始める。
そして、僕が、だからってこんなやり方は卑怯だと言った。

すると妹は
「こうでもしないと会わないでしょう。
今日ははっきりしてもらおうと来たの。」
はっきりも何もない。その苦手な人は営業をする人であり、商売なのだ。
それをわざわざ、妹に言われる筋ではない。
そもそも妹に頼むのもおかしい。
「本当に僕が何も事情も無しに嘘を付くとでも?」
と聞く。

すると妹はこれから何年も、
僕が目に焼き付くであろう冷たい顔をして、
「嘘を付いたからね。信じられない。」
と言ったのだ。
世の中で一人ぼっちでいる感覚を持っていた僕は、
発達障害だとわかり、家族の手を借りて心を育んできた。
それなのにやっと信頼出来ると思った仲間が
一瞬で消えてしまったのだ。

今目の前で話しているそれまで可愛いと愛していた妹が、
実は家族以外の僕の苦手な人物と知らないところで、
仲良くしていたのである。
妹はその人のために、僕をだまし討ちしたのだ。
そして、僕を嘘つきだと。
急に目の前が暗くなってしまった気がした。
信じていた人から裏切られたと気が付いた。

まるで突き放すように。
繋がっていた手を振り払うように。
僕は暴言を吐き始めた。
「僕はちゃんと今日、この人にLINEで返事をしている。
それなのに、返事がないだの連絡が取れないだの、ふざけてんのか。
見てみろよ。
でもどうせ信じられないんだろう?
何ていたって僕は嘘つきだからな。」

「迷惑なんだろう、はっきり言えよ。
僕が障害があるからといって、関わりたくないんだろう。
人に会いたくないときなんて山ほどあるんだ。
だから嘘つきになるんだ。」
横から苦手な人は、僕の剣幕に驚いて
「いやいや言いすぎでしょう。あ、本当だわ。LINE見ていなかった。ごめんなさい。」

「ごめんなさいじゃないよ、ちゃんと確認してからこういうことはやってもらいたい。」
と僕は言う。
「で、障害の症状だったりいろいろあるんだけど、嘘つきなわけだから、
信じられないんだろう。」
と言うと妹は
「いや、障害のことは理解しているつもりだけど、
何でもかんでも障害のせいにしたんじゃ。」

妹は涙目である。
それを見ているのに、それに騙されるものかと僕は言う。
「そういうよね障害に甘えているとね。
理解してもらおうとは思わないよ。
信じられないなら結構。二度と信じなくていい。
僕も信じない。」
もっと酷いことを言ったと思うが、こんなような会話だった。
二人は帰り、僕は仕事をした。

頭の中はまったく整理もつかず、衝撃で体が震えて仕方がなかった。
信じていた人、可愛がった人に、突然敵に寝返られ襲われたショックである。
心の扉がまた閉まる音がした。
自分を守らなくてはいけないからだ。誰も信じてはいけない。
やはり信じてはいけなかったのだ。
致命傷に等しい痛みだった。

僕は途中、妹が僕を心配だからと言った言葉にもカチンと来た。
心配無用!と言い切った。
今思えば馬鹿なことを言った。
しかしあの時は真っ暗になってしまい、ものを正しく見れなくなっていた。
完全に見失い一方方向からでしか人を見れなくなっていた。
信じる心を先に失ったのは僕だったのかもしれない。

あれから、冷静になり妹に謝罪するも、受け入れられずに今に至る。
そりゃそうだろう。
信じていた人に裏切られたのは、他でもない妹なのだ。
泣かしてしまい大きな傷をつけてしまった。
僕はもっとうまくやれただろうに。
人への不信感が変なところで蘇ってしまった。
心に余裕がなかったせいだ。

生まれてはじめてたくさんの謝罪をして、時間が欲しいと言われればその通りにした。
いつかわかってもらえるかと、悶々としながら日々を過ごした。
ツイッターにも書けなくなり、仕事もおろそかになった。
家族のパワーが僕の源だったんだと改めて知った。
廃人のように、ぼんやり過ごした。

心の底から笑えなくなり、涙がいつの間にか出るようになった。
自分が悔しくてたまらなかった。
そうして過ごしていたら、一度だけ妹の姿を見れたことがきっかけになって、
ツイッターを再開しようと思った。
心の中はダークなのに、空元気だった。
何かきっかけや学びも欲しかったのかもしれない。

ツイッターは自分の心を整理することが出来る良いツールだ。
それを知っていたが、僕はそこまでなかなか回復しなかった。
ようやく、ツイートしながら整理をして、自分がどこで引っかかっていたのかわかった。
人への不信感は、恐ろしいものだ。
僕は一番信頼している人に裏切られたと思い、自滅したのだ。

僕が嫌悪した本当の原因は、苦手な人だったのだ。
人の都合など考えずにグイグイと平気で押しかけてくる、
お金儲けばかりの姿が嫌で仕方がなかったのだ。
その嫌悪のせいで、頭にきて怒り、冷静さを失い、
妹も勝手に味方になった、グルだと思い
あろうことか大切な妹に攻撃してしまったのだ。

妹はただ、相談されて役に立とうとしただけなのだろう。
そして、僕の性質をよく知っていたから、
確実に引き合わせられる方法を実行しただけなのだろう。
苦手な人もそうだ。
LINEを見なかったことは仕方がない。
僕のレスが遅かったせいだ。
それに話すならちゃんと話す約束をするべきだった。

僕はやらかした上に、さらにやらかしたことになる。
そして、信頼していた人から嫌われその衝撃から人間不信となり、おまけにトドメを刺された。
家族から仲間外れにされてしまった。
それも全て僕の余裕の無さから来たことだ。
人を頼らずに、一人で生きていけると勘違いをしていたからだ。

家族が僕にした仕打ちは、それ相応なものだと思う。
今はそれも理解できる。
妹の心を思えば、当たり前のことだ。
僕はそれだけのことをしてしまった。
出来ることがあれば何でもしたいが、今は僕がいない方が安定するのなら、その方がいい。
ツイートをしながら様々な人の意見を聞き、やっと目が覚めた。

フォロワーの皆さんには、たくさん励ましてもいただき、
とても感謝しています。
そして厳しい意見を何一つ言わずに見守ってくださること、感謝しています。
そういえば、母を失った時に無理をしないように、
アドバイスをいただいたのに、僕は耳を貸さずに走り続けてしまいました。
本当に申し訳ない。

無残な姿でヨロヨロとまたツイッターで、
ブツブツと心の整理をしに舞い戻ってきましたが、
それもあたたかく迎えてくださったことも感謝しています。
これからも、ツイートをしますが、今度こそ意見をきちんと聞き、
取り入れたいと思います。
僕はまだまだ未熟なようなのです。
よろしくお願いします。



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母語録第五弾

母の言葉を集めました。

【母語録①】

診察のアナウンス。
「9番にお入りください。」
9番だって?何故末広がりの8番じゃないんだ。
もしかして、先生が9番が好きなのかな。
僕は1番がいいのに。
と、亡き母にブツクサ文句を垂れていたら、
1番は処置室だと言う。
だったら僕処置室でいいとぐずると
「あなたは、処置室で何とかなるレベルじゃないわよ。」
2016.1.23

【母語録②】

僕が友達に、ブタと言われたと母に言いつけると、
「あら、ブタは綺麗好きなのよ。」
と頭を撫で、
天然パーマを馬鹿にされたと言えば、
「あら、とても可愛いのに。ママは大好きよ。」
と言い、トロくさいなと言われたと言えば、
「亀もそうよ、マイペースでのんびり後でうさぎを追い越すわ。」
と返された。


僕は、友達を悪く言いつけているのに、
母は違う良い言葉で返してくる。それは、不思議と嫌な気分にならず、
自分の言い分を否定された気にはならなかった。
それを繰り返しているうちに、僕は悪口が気にならなくなった。
それが何故なのかは、わからない。
ただ、友達は違うことを言うんだ、とは思った。

友達は、違うことを言う。
僕のことを知っているわけでもないのに、ただ言う。
それを理解したのだと思う。
僕をよく知っている母は、僕を違う意味で捉えていたからだ。
ふうん、なあんだ。
と、悪口を言われる度に、何度も納得し、
僕の肩を抱き寄せる母に、頷きながら笑ったのを、今でも覚えている。


プラスの言葉しか言わない。
ってある意味凄いじゃない?
脳内変換がそうなっているのでしょうか。
僕はいつもマイナスの言葉を吐き、
その度に、母はマイナスを否定せず、プラスを与えた。
諦めずに与えてくれたおかげで、
僕は見事にマイナスの言葉すら、プラスに感じるようになったよ。
2016.5.22


【母語録③】

僕がふざけて
「僕のガラスのような心が傷付いたらどうするんだよ。」
と言ったら、
母は、
「まあ、あなたの心は、たとえるならば、マグカップですわ。」
と言った。
なんだそれと聞いたら
「ガラスのコップは、冷たいものしか受け付けませんけれども、
あなたは、温かいものを入れることが出来ますから。」


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タイムテーブル

社会人にとって、時間というものは貴重なものなのになります。
なにしろ、有限ですから、いつまでもノンビリというわけにはいきません。
僕は母に、時間を身体の感覚でも覚えるように、慣らされてきました。

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【ツイッター 10月6日】

朝は発達障害を抱えている人だけじゃなくても、誰でもバタバタ忙しい。時間に追われて阿鼻叫喚だ。家庭で出来る支援の中に、タイムテーブルを作るというものがある。しかし、このタイムテーブルも「何時からこれをします。」というものと「何時までにこれをしておいてください。」と二種類ある。

僕は「何時から~」だと、イメージしにくくて結局出来なかった。むしろ「何時までにこれを終わらす」方が理解しやすく、時間を見ながら行動出来たように思う。起床・歯磨き・トイレ・支度・着替え・朝食。手順書を作るのも工夫次第で一人で出来ることも増えたと思う。母もこれを作成していた。

母の作るタイムテーブルは、1時間ごとに線を引いてあり、時間の最後にやらなくてはいけないことが書いてあった。朝、もしくは、出かける前の場合は、もっと細かく20分だった。母曰く、10分だと短すぎ、30分だと長すぎるのだという。僕の場合は、絶妙なのは20分だということなのだろう。

万が一、その20分の中でやれていないことがあると、それは切り捨てられ次の項目に移行する。たとえ本人が困ろうとも、やらないのだそうだ。わざわざ時間を延長したり、母が手伝ってやるよりも、いっそのこと切り捨てて、時間を守る努力を自分でさせて、目安を身体で覚えさせるためだと言っていた。

病院に行こうとしても、歯磨きが時間に間に合わなければ、そのまま病院に行かなくてはならない。トイレもそうだ。そうなってしまうと、僕が気持ちが悪い。気分は最悪だが、これも自分がグズグズしていたせいなのだ。母は病院で涼しい顔をしている。当たり散らしたくて母に文句を言うと返り討ちに合う。

「歯磨きは出来なかったじゃないか!」と愚図れば、「何故ですか?」と聞かれてしまう。「それは、」と言いかけて僕は黙る。僕の失敗の理由を聞かれているとわかったからだ。そうだ、僕は病院に行きたくなかったし、ルールを守りたくなかった。嫌なことをしたくなかった。母は僕の様子を見てから言う。

「タイムテーブルは目安です。目盛りです。やることを完璧にしなくても、身体に支障はありません。要は出かけられれば良いのですから。しかし時間を覚えるための練習ですから、次からはうまくやってみることね。」僕はそう言われれば、否定も非難されたわけでも叱られたわけでもないので、素直に頷く。

母は、僕がきちんと時間通りに動かなくても叱らず、怒鳴らず、ただ出かける時だけは、何があってもさっさと出かけた。そして、いつも「時間に沿って動かなければ、困るのはわたしではなくあなたです。気分が悪いのもあなたです。」と言い僕にタイムテーブルのカードを毎度手渡してきた。

僕は前日に渡されるカードを見ながら、少しずつ心の準備をした。大きな行事の時は、1週間前から渡されていた。僕があまりにもカードを無視するときは「あなたがカードを見れないのなら、何か原因があるのかもしれませんね。明日から首から下げましょうか。」と言って来た。それは嫌なので渋々従った。

母は今でも、僕が時間にルーズだと「困るのは自分自身。」「わたしは何も困りません。」と言う。そう言われるのが、僕には一番しんどい。社会に出れば、自分で時間を把握出来なければ、間違いなく遅刻してしまうだろう。あのタイムテーブルと母の態度が無ければ、僕は覚えられなかったと思う。終

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19才♂AD⚡️HD/アスペルガー/強迫性障害/反社会性人格障害/双極性障害ラピッドサイクラー/ストラテラ/バルブロ酸/リチウム錠/愛の手帳4(療育手帳B2)/障害者手帳1級取得。双子の兄サイもアスペ/反社会性。彼女(アスペルガーADHD)と婚約中。自営業。趣味は考えること。猫3匹飼ってます。自然・メダカ大好き。
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