発達障害なう

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【ご注意】このブログ(ツイッター含む)の文章の内容は、僕が障害を乗り越える過程です。現在進行形ではありますので、人によっては不快に思ったり、障害当事者の方は、フラッシュバックを起こす危険性もあります。文章で生々しく当時のことを再現しておりますので、閲覧される場合はじゅうぶんご配慮の上、自己責任でお読みください。また、自傷などは、一切僕はしておりません。
また、このブログに書いてあることは、あくまで、一障害者の発言であり、専門家の意見ではありません。僕の発言だけを鵜呑みにすれば、危険をともなうことになりかねません。そして、僕の文章は、全てを網羅するものでもなんでもありません。そして、発言内容を他者に押し付けるつもりもございません。その点、ご留意の上、お読みくださると幸いです。
【自己紹介】ADHD アスペルガー症候群 強迫性障害 反社会性人格障害 10才で診断。双極性障害は19才で診断。 小1からの出来事をツイートしています。発達障害関連無言フォローします。愛の手帳4(療育手帳B2)障害者手帳1級取得。精神年齢14才。亡母がアスペルガー・ADHD、現在21才。フリープログラマー♂ 2015年6月9日スタート

猫について

猫は、優しいんだよね。
僕がパニック起こしているときも、変わらず傍にいてくれるのが猫なんだよな。


母が中学で、児童相談所で、テストしたり高校のことを考えたりしている間、僕は先のことなんてわからないとばかり答えていた。
小学生のころも、将来は何になりたいですか?って聞かれたけれど、あれに何の意味があるのか、質問の意味が呑み込めなかった。
だから必ずわかりません、としか答えない。

一般的には、先生、会社員、花屋さん、ケーキ屋さんとか、夢を語るのだろうけれども、僕にはさっぱりわからない。
それを聞いてどうするのってことで、あの質問だけは答えたことが無い。
意味がないと思うし、先のことはわかるわけがないからだ。
理屈ばかりこねる僕を見て周囲はため息をついていた。

子供らしくない子供な僕は、あまり笑うことはなかった。
困ったときの引きつり笑いは得意だったが、大笑いなんて滅多にない。
それに、微笑みなんてもっとない。
いつものっぺらした顔だったようで、感情を表に出すときは、怒りかいらつきか悔しさだ。
ずっとそんな感じで中学三年の秋に事件は起きた。

その日は、ちょっと肌寒いくらいで僕は朝までぐっすり寝ていた。
ちょうど夜に寝るタイミングだったので、ネトゲも手を休めてグーグー寝ていたのだ。
朝珍しく気持ちよく起きて、寝ぼけて母の部屋に行き姿を確認すると、母はパソコンで調べものをしていた。
僕は歯磨きを始めて再度母の部屋に行った。

ハブラシを口に突っ込んだまま、僕は母に話しかけようとベッドの上に飛び乗りジャンプした。
昨日さ楽しかったんだよ!
なんて言っていたら、母はふうんと言いながらクルッとこっちに身体を向きなおした。
母の手には、得体のしれない物体が乗っかっており僕はそれに目が留まった。
僕はジャンプを止めた。

母は、「コレ拾っちゃった。」と言った。
え!?
と僕はビックリして、ハブラシを吹き出しそうになり、おまけに1M横にぶっ飛んだ。
母の手のひらには、毛虫のような毛だらけの何かが居た。
よく見るとうずくまっており茶色だった。
僕は恐る恐る手のひらのものを見た。
猫のような耳があった。

そ、それは!
ウワァァァァ!
と、叫んでいると、母は、
「どうも猫みたいなのよ、すぐそこの道で拾ったの。今いろいろ調べているところなのよ。」
僕は、ハブラシをくわえたままアウアウするしかなかった。
急いで歯磨きをしてから忍者のように近づいた。
母の部屋のドアの陰からそれってなに、どうするの?

こっそり顔だけ出して母に聞くと、
「どうするって、どうも病院に連れて行かなくてはいけないから調べているのよ。」
と言う。
僕の家ではペットは犬しか飼ったことが無い。
猫は僕にとって未知の世界だった。
しかも外に居たのに
部屋の中に居るってどういうこと!?バッチイ!
と嫌悪感丸出しだった。

一ミリずつ近づいてよく見ると、その物体は耳があり、目の周りは黒くなって汚れていた。
汚い!物凄くみすぼらしいその猫は、ずいぶん小さかった。
母の手のひらにすっぽり収まってぷるぷるしていた。
僕は恐ろしくなって、慌てて部屋に戻った。
ドキドキした。
深呼吸してから、パソコンを立ち上げた。

しかし何故か気になって仕方がない。
母はアレをどうするつもりなのか。
気になってネトゲも出来ない。
また母の部屋まで歩いていき、こっそりドアの陰から見ると、猫はまだ手のひらに居た。
僕は好奇心がムクムクとなり見たくなった。
ソレ見せて、ゆっくり見せてとねだり見ると、毛がツンツンしていた。

うーん、かなり小さいからコレ。
もしかしたら生まれて間もないわね。
と母は言い、僕に見る?とまた聞いた。
いえいえいえいえいえ、と僕は手を振り、ベッドの上から眺めていた。
拾っちゃったから仕方ないわね、動物病院に連れて行くわ。
何かいれものないかな?と聞いたので、僕はリビングで探した。

ちょうど手頃な箱があったので、母に手渡すと猫をINした。
僕がその箱を見ると猫はまだぷるぷるしていた。
母は、出かける支度をして居たので、僕はじっくり観察した。
猫は、茶色で目はつぶれてグチャグチャ。
じっとしていた。
母は寒いだろうからとタオルを持ってきた。
僕はそれを母から奪い取った。

猫に触れないので、そうっとタオルを敷こうとした。
すると、猫が僕の手に触れてしまった。
ウワァァァァ
となるかと思ったが、僕はそのツンツンとしたフワフワがちょっと気に入った。
あれ、結構おとなしいと、僕は優位に立っていることに気が付き余裕が出た。
母は病院に行くね、と言った。


もちろん何故か僕も付いていくつもりで居た。
母は、大丈夫?と聞いた。
僕はだって運転している間猫が脱走したら困るでしょ?と言って、箱を抱えた。
動物病院に着くと、他にも犬や猫が居た。
僕は、襲われたら大変なので、箱を胸にがっちり抱えて待合室で待った。
何回も中を見ると、猫はじっとしていた。

名前が呼ばれて母は色々聞かれていた。
拾ったんですけど、と言っていた。
中にどうぞと言われて僕は箱を抱きしめたまま入ろうとしたが、どうしても一歩が出ず具合が悪くなってきた。
母は、いいよ車に戻りなさいと言ってくれ、僕は車に戻った。
それにしても、心配で心配で、落ち着かなかった。

母が病院から出てきた。
僕は、どうだった?と聞く。
すると猫は生後3週間くらいだが、飲まず食わずだったらしくガリガリで猫風邪をひいているとのことだった。
もしかしたらもう死んじゃうかもしれないと言われたのだそうだ。
しかもノミまでついていたそうだ。
僕はショックで凍りついて母を見た。

猫はどうなるの?
家に連れて帰るつもり?
母は運転しながら、そうねぇ仕方ないわねぇ、元気になるまで預かりましょう。
と言った。僕は、これは大変なことになったぞ、と思っていた。
家の中にあんなものがウロウロしていたんじゃ気が気じゃない。
母は、帰りにホームセンターに寄り猫グッズを買っていた。

家に戻ると、早速母は、猫トイレを作り猫の家を作った。
僕は、箱の中の猫を穴のあくほどみつめていた。
すると猫は僕の方を見て近寄ってきた。思わず手を出すと、僕の手にすり寄って登ろうとした。
あらあら駄目だよ、いい子にしていてね。
と僕は言い、猫を撫でた。
母は、それを見てニヤニヤしていた。

まだ小さい赤ちゃんの猫は、ミルクを飲むのだそうだ。
病院からもらったスポイトでミルクをやるのだ。
僕はそれを興味深く見ていたが、猫は勢いよく飲んでいた。
母は猫を飼ったことが無いのだそうで、ネットや本を買ってきて調べていた。
寒くないように、ペットボトルで湯たんぽを作り家に入れてやった。

すると満腹になったのか、猫はスヤスヤ寝始めた。
僕は布団をかけてやろうと、アチコチを探してガーゼを見つけた。
それをそうっとかけてやる。
それでも、心配で仕方ないのでとにかくずっと猫の傍にいた。
猫は、ミルクを順調に飲んだ。
僕もやらせてもらった。
最初は目がくっついて腫れていた。

猫は、いよいよ目が開いてきた。
僕はその目が青いことに気が付いた。
外人なのかと思った。
母は猫は赤ちゃんの時は、目が青いらしいと言った。
へぇ、と言いながら、やっぱり僕は猫から離れなかった。
ガーゼがずれていないか何度も確かめて、寝ていれば眺め、起きていれば手を出して触った。

三日もすると、僕は猫を持てるようになった。
それまでは、小さすぎてつぶさないか心配だった。
猫は僕が居るとおとなしいが、姿が見えないとニャアニャア鳴いた。
僕はそのたびにハイハイと傍に行った。
母は、僕にその猫どうしようかねと言った。
僕は誰にもあげないよ、と猫を見た。
飼う気になったのだ。

猫から僕は離れなかった。
寝不足になるかと思った。
気になって気になって仕方が無かった。
ニャアニャアと言えばすぐに見てやり世話をした。
母や初めてなのに手馴れていた。
おしりを刺激しおしっこやフンをさせてやり、ヨシヨシと撫でていた。
母というものは、どんな生き物にも母になれるのかと思った。

ここから僕は、デレデレになる。
何をするにも猫が気になり、猫と遊んだ。
寝ていれば布団をかけてやり、お気に入りの僕のタオルケットだって提供した。
フカフカの布団を用意してやりそこに寝かす。
いつも猫から目を離さなかった。
可愛くて仕方なかった。

猫はすくすく成長し、自分で皿からミルクを飲むようになり、元気いっぱいに走り回った。
目が綺麗になって、真ん丸になった。
それを見て僕は嬉しくてたまらなかった。
今までの苦労が吹っ飛んだ。
猫は僕が大好きになったようでいつも一緒に寝た。

僕は猫を見て最初は驚いた。
猫なんてまさか飼うとは思わなかった。
今では大きくなって、持ち上げるのも一苦労だが、不思議と猫が居ると安心した。
猫を飼うようになってから僕の母子分離不安が収まってきた。
猫は神様からのプレゼントかもしれないな。

猫のお蔭で僕はだいぶ母が出かけていても家におとなしくしているようになった。
母は、仕事でたまに家を空けるが、僕は猫と過ごしていた。
生き物が家の中に居ると言うのはいいものだ。
なんとなく気配がするだけで心強い。
僕は少しずつパニックになることも減ってきた。
気分がドッシリした感じだ。


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ツイッター投稿1

文章で感情わかりにくい。
顔でもわからないけど。ツイッターやったら、今度はここで誰かを怒らせるかもしれないな。
どうして怒るのかまったくわからない。
失礼なんだって言われる。礼儀がないとか。
だったら最初から言えばいいのに。

笑うところが違うって言われる。映画で人が死ぬシーンは、笑っちゃ駄目だって。
あと、先の予想を話しちゃ駄目だって。
死ぬとき変な顔しているから、笑ってるのに、みんな可笑しくないの?
映画では、本当に人死んでないよ。笑うとすごく睨まれる。

よくお握りには、母親の愛情が詰まっているって言うでしょう。
僕は苦手なのさ。愛情とか言われても、本当に入っているのか感じないからさ。
それに、手で直接握られたお握りなんて雑菌だらけで食べれないよ。
ラップで握っても温度管理ちゃんとしているのか、あれこれ不安になるからね。

母親が作ったお握りより、コンビニお握りは、衛生的に配慮されているし、何より機械が握っているからね、安心なのさ。
母親もわかっていて、お握りはコンビニで買ってくれるんだ。僕はその方が嬉しいのさ。

コンビニでね。会計は僕は出来ないんだ。欲しいものはわかるけれども、お金を支払うことは難しい。
計算が出来ないんじゃないんだ。
ただ、もし持っているお金が足りなかったらどうするのか不安で仕方ないのさ。
あと、いろいろ聞かれるのが苦手なんだ。
なんだか早くてよく聞き取れないんだよ。

コンビニの店員さんはとても丁寧なんだ。
ただ会計するだけじゃなくて、箸、フォーク、スプーン、ストロー、おしぼりいりますか?いくついりますか?
聞かれてもね。
聞き取れていないから、聞き返す事もできずに頭フル回転さ。
熱いの冷たいの分けますか?バージョンまである。思考が停止するからきつい。

もし僕が普通の子だったら、会社に行って働いて、彼女を作って、そのうち結婚して、親父になって、
ってなるんだろうね。
それはひとそれぞれ障害の程度にもよるだろうけど、僕には無理なのさ。
母親に言ったんだ。僕は次に生まれたらそうするって。
そしたら今のみらいが好きだって言われたんだ。

前日にチーズハンバーグを作ったのだがひき肉をこねることが恐ろしくてツンツンしていたが
そのうち慣れたら、面白くなり粘土のようにこねた。
夢中になって我を忘れてしまった。食べ物で遊ぶなと叱られた。
そして空気を抜く時に、お決まりのキャッチミス僕のハンバーグは、落としたヤツだ。

母親は、僕が料理をすることに大賛成だが、結局、まだ見張りが必要なので、僕の背後で監視している。
 二度手間ではあるが、僕の成長のため我慢してもらう。
洗い物は、まだ出来ないので、洗剤で漬けておいた。
殺菌と書いてあったのでハイターを散布しておいた。が、駄目だったらしい。


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昨日は、妹と食事が一緒の時間でした。
妹とはあまり時間が合わないので、僕はいつもよりも嬉しくてテンションが上がってしまいました。
僕は妹を構いたいのですがどう話していいのかわかりません。
今時の会話もわかりませんから黙っていました。
僕は妹にたくさん我慢をさせてしまった過去があるのです。

妹は、無邪気だ。
僕に気兼ねもせず、怖がらず、ちょこんと横に座るんだ。
 何か用事があるわけでも無く、ただそこに存在する。
話すことも無いから、顔を見つめるけど、ただ見つめ返すだけで、何も求めて来ない。
それだけでいいのなら、僕でも妹の期待に応えられそうだ。


僕が、自分のことを客観的に見れるようになったのは、妹のお蔭だと思っている。
母と居ても特性が似ているので仲間になってしまい、共感は出来るが客観視は出来なかっただろう。
妹は、僕があまりにも酷かったので小学生の時に祖母に預けられた。
しかし、僕が猫を飼い始めて落ち着いた頃から戻ってきた。

妹は定型でありどこもおかしくもなんともない普通の女の子だ。
母は、僕が猫に癒されおとなしくなった(牙を抜かれたのかも)のを見て判断したのか、妹との同居を決めたのだ。僕が中学三年の冬である。
妹は年子なので中学二年生だった。
妹の部屋を作ることになり、母と妹は嬉々として、掃除をしていた。

僕は、最初少しだけ不満を言った。
妹は、知らんぷりで取り合わない。
これがまた良かったのかもしれない。
僕が何か言うと
「ハイハイ、そうだね。」
と言うだけで意見を言ってこない。
母曰く、妹じゃなくってお姉さんみたいねとのことだった。
実際僕もそう思った。
僕は弟として、扱われるようになった。

妹とは小学生の時には、僕が暴言を吐き妹も応戦するといった具合で、さながら戦争だった。
周りから見ると、まさか兄妹には見えなかったと言う。
憎しみ合う二人。
親の仇うちみたいに見えたそうだ。
そしてまったく顔が似ていない。
僕は目つきが悪いし、妹は目がパッチリの美人で日本人離れした顔だ。

僕は、突然一緒の空間に居るようになった妹を何度も凝視し、においを嗅いだ。
クンクンする兄を妹は、やはりハイハイと受け入れてくれた。
髪の毛もクンクンいいにおい!僕は、腕にも触ってみた。
スベスベの肌は、母とはまるで違ってキメが細かくハリがあった。
僕は感嘆し、妹を見ると腕を触りたがった。

何故か妹は、嫌がらずに腕をスベスベさせてくれた。
僕は驚いた。
もしも僕がこんな仕打ちを受けたのなら、相手をブッ飛ばしているだろう。
しかし妹は違う。穏やかな反応を見せる。
これはどういうことなのだろうか。
僕が分析していると、妹はお構いなしで僕をナデナデしてくれる。
これはいったい!?

しかし、悪い気はしない。
僕は、毎日ウキウキしながら妹をスベスベし、その穏やかな反応を楽しんだ。
僕は、あれだけ小学生の時に敵対していた妹が大好きになったのだ。
そうなると、金魚のフンである。
学校から帰ってきて外のにおいがする妹に抱き付き頭をナデナデして、一緒に遊ぼうと誘う。

遊びは、僕の得意なゲームだ。
僕は、コントローラーを持って妹にも持たせるが、あまり関心は無いようだった。
それならばと、今度は絵を描こうと誘い、妹が描く絵をジロジロ見た。
見ちゃダメと言われ、頭を押さえつけられた。
普段ならここでブッ飛ばしているのだが、不思議とそうしなかった。

妹は非常に規則正しい。
朝は決まった時間にアラームで起き、学校に行く。
帰宅すると、僕にスベスベされてから、オヤツを食べ勉強も決まった時間にやり、寝る時間も21時である。
僕は、妹の行動を観察した結果、それは時計を見て生活をしていることに気が付く。
母も僕も時計なんて見ていなかったのだ。

母も妹が来てから時計を購入した。
リビングに置かれた電波時計が僕たちに時間の概念をもたらせた。
それでも、もっといっぱい遊びたい僕は、妹とDVDで映画を観ているときに、21時が過ぎてしまったため寝ようとする妹にすがり付き、もっと観ようよとせがんだ。
すると妹は
また明日。
と寝てしまった。

また明日、の言葉が僕を支配した。
明日って何。明日だって。
とブツブツ言いながら、思考した。
ということは、何も今無理して観なくても明日のお楽しみですよ、ということと、おまけに明日も観ましょうね、というセットになっていると思った。
これは、なかなか使えるなと、また明日、を覚えた。

翌日学校から帰ってきた妹に、また明日と言ったことを言いDVDを観た。
妹もニコニコしてとてもゆっくり観れた。
妹は上手に人との付き合い方を僕に教えてくれたのだった。
母は、僕にも妹にもおなじように接したが、妹には我慢させることが多かったように思う。
それには僕の知らないことがあったのだ。

母曰く、妹にはしっかりと僕の発達障害のことを話したのだそうだ。
そして、本を何冊か購入し、同居する前にしっかりと読ませたのだそうだ。
対応の仕方まで伝授していた。
妹にだって頭にきたことはあったはずだが、いつもニコニコ接してくれた。
母は、妹が僕のことで頭に来るサインを拾っていたのだ。

妹が、いっぱいになると、母は登場した。
上手に切り替えていたのだそうだ。
どういうタイミングだったのかは、僕にはわからなかったが、連携プレーだと言っていた。
僕は、ここだけの話、妹が学校に行くと姿が見えないので、あれ!?と探して、妹のベッドで寝たりしていた。
酷いシスコンぶりだ。

妹のベッドでスヤスヤ眠る僕を見て、妹はニコニコしていたのだと言う。
何故迷惑じゃないのかは、わからなかったが母はそれが兄妹っていうことなのよと言った。
同居を始めたばかりの頃は、こんな感じで妹にはずいぶんくっ付きすぎていた。
そこで僕は他者との距離感を受け入れることの大切さを知った。

同居も落ち着いてきたころ、妹が勉強をしているのを、僕は横で見ていた。
妹の字はとても綺麗で丁寧だ。
きちんとしていて読みやすい。
僕は数学の宿題を見て、あーだこうだと説明をしようとする。
しかし妹の解き方とは、全然違うので妹は混乱してしまった。
僕はストレートに答えを導くし妹は回りくどい。

だからね!と講釈を垂れようとしている僕に妹は言った。
「それはね、私にはわからない解き方なの。だから押し付けてはいけないの。」
ねっ!と言われて僕は黙った。
へぇ、そういう人もいるのね、とここでやっと違う考え方をする物もいるのだとわかった。
スラスラと鉛筆を走らす妹を見ているだけにした。

不思議なものだ。
小学生の頃、僕は妹に対して憎しみしか感じていなかった。
母を取られたくないというのと、邪魔されたくないのと、馬鹿にすると食って掛かってくる顔が面白かったのと様々だが成長した僕は、一切そうは思わなかった。
母は、やっと認めようって気になったのよ。
と言い
お利口ね
と言った。


妹と再度、同居出来て僕は嬉しく思っている。
時間を見ながら生活し、僕を認め、自分の意見も言う妹は、僕の宝物である。
今では高校生になりアルバイトして自分でしっかりお小遣いももらわずにやっている。
そして僕にはずっと優しくしてくれる。
母の同居の決断はタイミングが最高に良かったのだと思う。


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