発達障害なう

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【ご注意】このブログ(ツイッター含む)の文章の内容は、僕が障害を乗り越える過程です。現在進行形ではありますので、人によっては不快に思ったり、障害当事者の方は、フラッシュバックを起こす危険性もあります。文章で生々しく当時のことを再現しておりますので、閲覧される場合はじゅうぶんご配慮の上、自己責任でお読みください。また、自傷などは、一切僕はしておりません。
また、このブログに書いてあることは、あくまで、一障害者の発言であり、専門家の意見ではありません。僕の発言だけを鵜呑みにすれば、危険をともなうことになりかねません。そして、僕の文章は、全てを網羅するものでもなんでもありません。そして、発言内容を他者に押し付けるつもりもございません。その点、ご留意の上、お読みくださると幸いです。
【自己紹介】ADHD アスペルガー症候群 強迫性障害 反社会性人格障害 10才で診断。双極性障害は19才で診断。 小1からの出来事をツイートしています。発達障害関連無言フォローします。愛の手帳4(療育手帳B2)障害者手帳1級取得。精神年齢14才。亡母がアスペルガー・ADHD、現在21才。フリープログラマー♂ 2015年6月9日スタート

母語録第五弾

母の言葉を集めました。

【母語録①】

診察のアナウンス。
「9番にお入りください。」
9番だって?何故末広がりの8番じゃないんだ。
もしかして、先生が9番が好きなのかな。
僕は1番がいいのに。
と、亡き母にブツクサ文句を垂れていたら、
1番は処置室だと言う。
だったら僕処置室でいいとぐずると
「あなたは、処置室で何とかなるレベルじゃないわよ。」
2016.1.23

【母語録②】

僕が友達に、ブタと言われたと母に言いつけると、
「あら、ブタは綺麗好きなのよ。」
と頭を撫で、
天然パーマを馬鹿にされたと言えば、
「あら、とても可愛いのに。ママは大好きよ。」
と言い、トロくさいなと言われたと言えば、
「亀もそうよ、マイペースでのんびり後でうさぎを追い越すわ。」
と返された。


僕は、友達を悪く言いつけているのに、
母は違う良い言葉で返してくる。それは、不思議と嫌な気分にならず、
自分の言い分を否定された気にはならなかった。
それを繰り返しているうちに、僕は悪口が気にならなくなった。
それが何故なのかは、わからない。
ただ、友達は違うことを言うんだ、とは思った。

友達は、違うことを言う。
僕のことを知っているわけでもないのに、ただ言う。
それを理解したのだと思う。
僕をよく知っている母は、僕を違う意味で捉えていたからだ。
ふうん、なあんだ。
と、悪口を言われる度に、何度も納得し、
僕の肩を抱き寄せる母に、頷きながら笑ったのを、今でも覚えている。


プラスの言葉しか言わない。
ってある意味凄いじゃない?
脳内変換がそうなっているのでしょうか。
僕はいつもマイナスの言葉を吐き、
その度に、母はマイナスを否定せず、プラスを与えた。
諦めずに与えてくれたおかげで、
僕は見事にマイナスの言葉すら、プラスに感じるようになったよ。
2016.5.22


【母語録③】

僕がふざけて
「僕のガラスのような心が傷付いたらどうするんだよ。」
と言ったら、
母は、
「まあ、あなたの心は、たとえるならば、マグカップですわ。」
と言った。
なんだそれと聞いたら
「ガラスのコップは、冷たいものしか受け付けませんけれども、
あなたは、温かいものを入れることが出来ますから。」


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タイムテーブル

社会人にとって、時間というものは貴重なものなのになります。
なにしろ、有限ですから、いつまでもノンビリというわけにはいきません。
僕は母に、時間を身体の感覚でも覚えるように、慣らされてきました。

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【ツイッター 10月6日】

朝は発達障害を抱えている人だけじゃなくても、誰でもバタバタ忙しい。時間に追われて阿鼻叫喚だ。家庭で出来る支援の中に、タイムテーブルを作るというものがある。しかし、このタイムテーブルも「何時からこれをします。」というものと「何時までにこれをしておいてください。」と二種類ある。

僕は「何時から~」だと、イメージしにくくて結局出来なかった。むしろ「何時までにこれを終わらす」方が理解しやすく、時間を見ながら行動出来たように思う。起床・歯磨き・トイレ・支度・着替え・朝食。手順書を作るのも工夫次第で一人で出来ることも増えたと思う。母もこれを作成していた。

母の作るタイムテーブルは、1時間ごとに線を引いてあり、時間の最後にやらなくてはいけないことが書いてあった。朝、もしくは、出かける前の場合は、もっと細かく20分だった。母曰く、10分だと短すぎ、30分だと長すぎるのだという。僕の場合は、絶妙なのは20分だということなのだろう。

万が一、その20分の中でやれていないことがあると、それは切り捨てられ次の項目に移行する。たとえ本人が困ろうとも、やらないのだそうだ。わざわざ時間を延長したり、母が手伝ってやるよりも、いっそのこと切り捨てて、時間を守る努力を自分でさせて、目安を身体で覚えさせるためだと言っていた。

病院に行こうとしても、歯磨きが時間に間に合わなければ、そのまま病院に行かなくてはならない。トイレもそうだ。そうなってしまうと、僕が気持ちが悪い。気分は最悪だが、これも自分がグズグズしていたせいなのだ。母は病院で涼しい顔をしている。当たり散らしたくて母に文句を言うと返り討ちに合う。

「歯磨きは出来なかったじゃないか!」と愚図れば、「何故ですか?」と聞かれてしまう。「それは、」と言いかけて僕は黙る。僕の失敗の理由を聞かれているとわかったからだ。そうだ、僕は病院に行きたくなかったし、ルールを守りたくなかった。嫌なことをしたくなかった。母は僕の様子を見てから言う。

「タイムテーブルは目安です。目盛りです。やることを完璧にしなくても、身体に支障はありません。要は出かけられれば良いのですから。しかし時間を覚えるための練習ですから、次からはうまくやってみることね。」僕はそう言われれば、否定も非難されたわけでも叱られたわけでもないので、素直に頷く。

母は、僕がきちんと時間通りに動かなくても叱らず、怒鳴らず、ただ出かける時だけは、何があってもさっさと出かけた。そして、いつも「時間に沿って動かなければ、困るのはわたしではなくあなたです。気分が悪いのもあなたです。」と言い僕にタイムテーブルのカードを毎度手渡してきた。

僕は前日に渡されるカードを見ながら、少しずつ心の準備をした。大きな行事の時は、1週間前から渡されていた。僕があまりにもカードを無視するときは「あなたがカードを見れないのなら、何か原因があるのかもしれませんね。明日から首から下げましょうか。」と言って来た。それは嫌なので渋々従った。

母は今でも、僕が時間にルーズだと「困るのは自分自身。」「わたしは何も困りません。」と言う。そう言われるのが、僕には一番しんどい。社会に出れば、自分で時間を把握出来なければ、間違いなく遅刻してしまうだろう。あのタイムテーブルと母の態度が無ければ、僕は覚えられなかったと思う。終

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誘われない家族旅行

妹に嫌われてから、精神的に落ち込んでしまい
一気に鬱状態となりました。

【ツイッター 10月12日】

おはようございます。今朝は肌寒いですね。今日は、家族皆で山や温泉に観光に行くんだそうです。僕以外の家族です。妹が僕と過ごすことを嫌がったので、僕だけに知らされないうちに、計画をしたんだそうです。おばあちゃんから、「そうは言っても出かけることを報せておく。」と、昨夜聞かされました。

妹は、凄い剣幕で、僕は誘わないでくれと言ったそうです。別に行かせたくなければそれでも良いのですが、(僕はまだ不安定だし家族と過ごす余裕はありません。)お世話をしている兄が居なければ、どっちにしても僕にはバレることです。最近はLINEでやり取りはあったのに、昨日もありました。

少しホッとしていたのに、それなのに、裏では密かに僕を排除しようとしていたのです。馬鹿馬鹿しい。もう嫌になりました。そこで皆が居ない間に、実家を出ることにしました。兄の食事や猫のお世話をしに毎日帰りますが、住むところを変えようと思います。僕には少し家族から離れる時間が必要なのです。

家族から離れ暮らすことで、僕は少しは、自分のペースを取り戻すことが出来るかもしれません。僕の山のそばの自宅は、実家から距離が離れているので、毎日通うのはしんど過ぎるので、近くに住むことにはなりますが。これ以上、精神的に振り回されたくありませんし、影響されたくありません。

確かに、僕は妹に暴言を吐きました。それはたくさん謝りました。母が亡くなってから、妹が高校を卒業するまで、毎日弁当を作り、夕飯もこしらえました。妹が卒業後、困らないように、住むアパートも以前僕が契約しているところに同居という形で居場所を作りました。仕方なく僕はアパートを出ました。

毎日、働き始めた妹を心配し、様子を見に行きました。一緒に出かけたり、温泉も、観光、買い物もつまらないだろうと連れて行きました。そのことが、暴言で無になるのなら、やり切れませんが自業自得なのかもしれません。それと、妹は甘え過ぎていたのです。甘やかした僕も悪かったかもしれません。

僕は親ではありませんから、うまく出来ませんでした。実家にある服とか使うものとか、あれこれカバンに詰めて、僕は新しい居場所に移動します。わざわざ宣言もしませんし、毎日実家には顔を出すので、おばあちゃんも兄妹も気がつかないでしょう。そっと、離れるしか自分を守れそうにないのです。

そろそろ、家族の車が出ます。兄の着替えは、昨夜のうちに準備しました。小遣いも封筒に入れておきました。見送ることは、辛くて出来ないので、皆が出る前に出かけます。辛い時は、温かいものを食べなさい、と亡母は言いました。何か美味しいものを食べようかな。新しい僕の生活が始まるんだからね。

もう暗くなって来ました。今日は、僕だけ置いてかれましたが、家族はさぞかし楽しい1日だったでしょう。僕は皆が出かけることを知らないことになっていますから、心の中で密かに、家族の仲間に入って一緒に楽しめないことにしてしまった自分を否定していました。 いやなやつだなと、ね。


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