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昨日は、妹と食事が一緒の時間でした。
妹とはあまり時間が合わないので、僕はいつもよりも嬉しくてテンションが上がってしまいました。
僕は妹を構いたいのですがどう話していいのかわかりません。
今時の会話もわかりませんから黙っていました。
僕は妹にたくさん我慢をさせてしまった過去があるのです。

妹は、無邪気だ。
僕に気兼ねもせず、怖がらず、ちょこんと横に座るんだ。
 何か用事があるわけでも無く、ただそこに存在する。
話すことも無いから、顔を見つめるけど、ただ見つめ返すだけで、何も求めて来ない。
それだけでいいのなら、僕でも妹の期待に応えられそうだ。


僕が、自分のことを客観的に見れるようになったのは、妹のお蔭だと思っている。
母と居ても特性が似ているので仲間になってしまい、共感は出来るが客観視は出来なかっただろう。
妹は、僕があまりにも酷かったので小学生の時に祖母に預けられた。
しかし、僕が猫を飼い始めて落ち着いた頃から戻ってきた。

妹は定型でありどこもおかしくもなんともない普通の女の子だ。
母は、僕が猫に癒されおとなしくなった(牙を抜かれたのかも)のを見て判断したのか、妹との同居を決めたのだ。僕が中学三年の冬である。
妹は年子なので中学二年生だった。
妹の部屋を作ることになり、母と妹は嬉々として、掃除をしていた。

僕は、最初少しだけ不満を言った。
妹は、知らんぷりで取り合わない。
これがまた良かったのかもしれない。
僕が何か言うと
「ハイハイ、そうだね。」
と言うだけで意見を言ってこない。
母曰く、妹じゃなくってお姉さんみたいねとのことだった。
実際僕もそう思った。
僕は弟として、扱われるようになった。

妹とは小学生の時には、僕が暴言を吐き妹も応戦するといった具合で、さながら戦争だった。
周りから見ると、まさか兄妹には見えなかったと言う。
憎しみ合う二人。
親の仇うちみたいに見えたそうだ。
そしてまったく顔が似ていない。
僕は目つきが悪いし、妹は目がパッチリの美人で日本人離れした顔だ。

僕は、突然一緒の空間に居るようになった妹を何度も凝視し、においを嗅いだ。
クンクンする兄を妹は、やはりハイハイと受け入れてくれた。
髪の毛もクンクンいいにおい!僕は、腕にも触ってみた。
スベスベの肌は、母とはまるで違ってキメが細かくハリがあった。
僕は感嘆し、妹を見ると腕を触りたがった。

何故か妹は、嫌がらずに腕をスベスベさせてくれた。
僕は驚いた。
もしも僕がこんな仕打ちを受けたのなら、相手をブッ飛ばしているだろう。
しかし妹は違う。穏やかな反応を見せる。
これはどういうことなのだろうか。
僕が分析していると、妹はお構いなしで僕をナデナデしてくれる。
これはいったい!?

しかし、悪い気はしない。
僕は、毎日ウキウキしながら妹をスベスベし、その穏やかな反応を楽しんだ。
僕は、あれだけ小学生の時に敵対していた妹が大好きになったのだ。
そうなると、金魚のフンである。
学校から帰ってきて外のにおいがする妹に抱き付き頭をナデナデして、一緒に遊ぼうと誘う。

遊びは、僕の得意なゲームだ。
僕は、コントローラーを持って妹にも持たせるが、あまり関心は無いようだった。
それならばと、今度は絵を描こうと誘い、妹が描く絵をジロジロ見た。
見ちゃダメと言われ、頭を押さえつけられた。
普段ならここでブッ飛ばしているのだが、不思議とそうしなかった。

妹は非常に規則正しい。
朝は決まった時間にアラームで起き、学校に行く。
帰宅すると、僕にスベスベされてから、オヤツを食べ勉強も決まった時間にやり、寝る時間も21時である。
僕は、妹の行動を観察した結果、それは時計を見て生活をしていることに気が付く。
母も僕も時計なんて見ていなかったのだ。

母も妹が来てから時計を購入した。
リビングに置かれた電波時計が僕たちに時間の概念をもたらせた。
それでも、もっといっぱい遊びたい僕は、妹とDVDで映画を観ているときに、21時が過ぎてしまったため寝ようとする妹にすがり付き、もっと観ようよとせがんだ。
すると妹は
また明日。
と寝てしまった。

また明日、の言葉が僕を支配した。
明日って何。明日だって。
とブツブツ言いながら、思考した。
ということは、何も今無理して観なくても明日のお楽しみですよ、ということと、おまけに明日も観ましょうね、というセットになっていると思った。
これは、なかなか使えるなと、また明日、を覚えた。

翌日学校から帰ってきた妹に、また明日と言ったことを言いDVDを観た。
妹もニコニコしてとてもゆっくり観れた。
妹は上手に人との付き合い方を僕に教えてくれたのだった。
母は、僕にも妹にもおなじように接したが、妹には我慢させることが多かったように思う。
それには僕の知らないことがあったのだ。

母曰く、妹にはしっかりと僕の発達障害のことを話したのだそうだ。
そして、本を何冊か購入し、同居する前にしっかりと読ませたのだそうだ。
対応の仕方まで伝授していた。
妹にだって頭にきたことはあったはずだが、いつもニコニコ接してくれた。
母は、妹が僕のことで頭に来るサインを拾っていたのだ。

妹が、いっぱいになると、母は登場した。
上手に切り替えていたのだそうだ。
どういうタイミングだったのかは、僕にはわからなかったが、連携プレーだと言っていた。
僕は、ここだけの話、妹が学校に行くと姿が見えないので、あれ!?と探して、妹のベッドで寝たりしていた。
酷いシスコンぶりだ。

妹のベッドでスヤスヤ眠る僕を見て、妹はニコニコしていたのだと言う。
何故迷惑じゃないのかは、わからなかったが母はそれが兄妹っていうことなのよと言った。
同居を始めたばかりの頃は、こんな感じで妹にはずいぶんくっ付きすぎていた。
そこで僕は他者との距離感を受け入れることの大切さを知った。

同居も落ち着いてきたころ、妹が勉強をしているのを、僕は横で見ていた。
妹の字はとても綺麗で丁寧だ。
きちんとしていて読みやすい。
僕は数学の宿題を見て、あーだこうだと説明をしようとする。
しかし妹の解き方とは、全然違うので妹は混乱してしまった。
僕はストレートに答えを導くし妹は回りくどい。

だからね!と講釈を垂れようとしている僕に妹は言った。
「それはね、私にはわからない解き方なの。だから押し付けてはいけないの。」
ねっ!と言われて僕は黙った。
へぇ、そういう人もいるのね、とここでやっと違う考え方をする物もいるのだとわかった。
スラスラと鉛筆を走らす妹を見ているだけにした。

不思議なものだ。
小学生の頃、僕は妹に対して憎しみしか感じていなかった。
母を取られたくないというのと、邪魔されたくないのと、馬鹿にすると食って掛かってくる顔が面白かったのと様々だが成長した僕は、一切そうは思わなかった。
母は、やっと認めようって気になったのよ。
と言い
お利口ね
と言った。


妹と再度、同居出来て僕は嬉しく思っている。
時間を見ながら生活し、僕を認め、自分の意見も言う妹は、僕の宝物である。
今では高校生になりアルバイトして自分でしっかりお小遣いももらわずにやっている。
そして僕にはずっと優しくしてくれる。
母の同居の決断はタイミングが最高に良かったのだと思う。


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