猫は、優しいんだよね。
僕がパニック起こしているときも、変わらず傍にいてくれるのが猫なんだよな。


母が中学で、児童相談所で、テストしたり高校のことを考えたりしている間、僕は先のことなんてわからないとばかり答えていた。
小学生のころも、将来は何になりたいですか?って聞かれたけれど、あれに何の意味があるのか、質問の意味が呑み込めなかった。
だから必ずわかりません、としか答えない。

一般的には、先生、会社員、花屋さん、ケーキ屋さんとか、夢を語るのだろうけれども、僕にはさっぱりわからない。
それを聞いてどうするのってことで、あの質問だけは答えたことが無い。
意味がないと思うし、先のことはわかるわけがないからだ。
理屈ばかりこねる僕を見て周囲はため息をついていた。

子供らしくない子供な僕は、あまり笑うことはなかった。
困ったときの引きつり笑いは得意だったが、大笑いなんて滅多にない。
それに、微笑みなんてもっとない。
いつものっぺらした顔だったようで、感情を表に出すときは、怒りかいらつきか悔しさだ。
ずっとそんな感じで中学三年の秋に事件は起きた。

その日は、ちょっと肌寒いくらいで僕は朝までぐっすり寝ていた。
ちょうど夜に寝るタイミングだったので、ネトゲも手を休めてグーグー寝ていたのだ。
朝珍しく気持ちよく起きて、寝ぼけて母の部屋に行き姿を確認すると、母はパソコンで調べものをしていた。
僕は歯磨きを始めて再度母の部屋に行った。

ハブラシを口に突っ込んだまま、僕は母に話しかけようとベッドの上に飛び乗りジャンプした。
昨日さ楽しかったんだよ!
なんて言っていたら、母はふうんと言いながらクルッとこっちに身体を向きなおした。
母の手には、得体のしれない物体が乗っかっており僕はそれに目が留まった。
僕はジャンプを止めた。

母は、「コレ拾っちゃった。」と言った。
え!?
と僕はビックリして、ハブラシを吹き出しそうになり、おまけに1M横にぶっ飛んだ。
母の手のひらには、毛虫のような毛だらけの何かが居た。
よく見るとうずくまっており茶色だった。
僕は恐る恐る手のひらのものを見た。
猫のような耳があった。

そ、それは!
ウワァァァァ!
と、叫んでいると、母は、
「どうも猫みたいなのよ、すぐそこの道で拾ったの。今いろいろ調べているところなのよ。」
僕は、ハブラシをくわえたままアウアウするしかなかった。
急いで歯磨きをしてから忍者のように近づいた。
母の部屋のドアの陰からそれってなに、どうするの?

こっそり顔だけ出して母に聞くと、
「どうするって、どうも病院に連れて行かなくてはいけないから調べているのよ。」
と言う。
僕の家ではペットは犬しか飼ったことが無い。
猫は僕にとって未知の世界だった。
しかも外に居たのに
部屋の中に居るってどういうこと!?バッチイ!
と嫌悪感丸出しだった。

一ミリずつ近づいてよく見ると、その物体は耳があり、目の周りは黒くなって汚れていた。
汚い!物凄くみすぼらしいその猫は、ずいぶん小さかった。
母の手のひらにすっぽり収まってぷるぷるしていた。
僕は恐ろしくなって、慌てて部屋に戻った。
ドキドキした。
深呼吸してから、パソコンを立ち上げた。

しかし何故か気になって仕方がない。
母はアレをどうするつもりなのか。
気になってネトゲも出来ない。
また母の部屋まで歩いていき、こっそりドアの陰から見ると、猫はまだ手のひらに居た。
僕は好奇心がムクムクとなり見たくなった。
ソレ見せて、ゆっくり見せてとねだり見ると、毛がツンツンしていた。

うーん、かなり小さいからコレ。
もしかしたら生まれて間もないわね。
と母は言い、僕に見る?とまた聞いた。
いえいえいえいえいえ、と僕は手を振り、ベッドの上から眺めていた。
拾っちゃったから仕方ないわね、動物病院に連れて行くわ。
何かいれものないかな?と聞いたので、僕はリビングで探した。

ちょうど手頃な箱があったので、母に手渡すと猫をINした。
僕がその箱を見ると猫はまだぷるぷるしていた。
母は、出かける支度をして居たので、僕はじっくり観察した。
猫は、茶色で目はつぶれてグチャグチャ。
じっとしていた。
母は寒いだろうからとタオルを持ってきた。
僕はそれを母から奪い取った。

猫に触れないので、そうっとタオルを敷こうとした。
すると、猫が僕の手に触れてしまった。
ウワァァァァ
となるかと思ったが、僕はそのツンツンとしたフワフワがちょっと気に入った。
あれ、結構おとなしいと、僕は優位に立っていることに気が付き余裕が出た。
母は病院に行くね、と言った。


もちろん何故か僕も付いていくつもりで居た。
母は、大丈夫?と聞いた。
僕はだって運転している間猫が脱走したら困るでしょ?と言って、箱を抱えた。
動物病院に着くと、他にも犬や猫が居た。
僕は、襲われたら大変なので、箱を胸にがっちり抱えて待合室で待った。
何回も中を見ると、猫はじっとしていた。

名前が呼ばれて母は色々聞かれていた。
拾ったんですけど、と言っていた。
中にどうぞと言われて僕は箱を抱きしめたまま入ろうとしたが、どうしても一歩が出ず具合が悪くなってきた。
母は、いいよ車に戻りなさいと言ってくれ、僕は車に戻った。
それにしても、心配で心配で、落ち着かなかった。

母が病院から出てきた。
僕は、どうだった?と聞く。
すると猫は生後3週間くらいだが、飲まず食わずだったらしくガリガリで猫風邪をひいているとのことだった。
もしかしたらもう死んじゃうかもしれないと言われたのだそうだ。
しかもノミまでついていたそうだ。
僕はショックで凍りついて母を見た。

猫はどうなるの?
家に連れて帰るつもり?
母は運転しながら、そうねぇ仕方ないわねぇ、元気になるまで預かりましょう。
と言った。僕は、これは大変なことになったぞ、と思っていた。
家の中にあんなものがウロウロしていたんじゃ気が気じゃない。
母は、帰りにホームセンターに寄り猫グッズを買っていた。

家に戻ると、早速母は、猫トイレを作り猫の家を作った。
僕は、箱の中の猫を穴のあくほどみつめていた。
すると猫は僕の方を見て近寄ってきた。思わず手を出すと、僕の手にすり寄って登ろうとした。
あらあら駄目だよ、いい子にしていてね。
と僕は言い、猫を撫でた。
母は、それを見てニヤニヤしていた。

まだ小さい赤ちゃんの猫は、ミルクを飲むのだそうだ。
病院からもらったスポイトでミルクをやるのだ。
僕はそれを興味深く見ていたが、猫は勢いよく飲んでいた。
母は猫を飼ったことが無いのだそうで、ネットや本を買ってきて調べていた。
寒くないように、ペットボトルで湯たんぽを作り家に入れてやった。

すると満腹になったのか、猫はスヤスヤ寝始めた。
僕は布団をかけてやろうと、アチコチを探してガーゼを見つけた。
それをそうっとかけてやる。
それでも、心配で仕方ないのでとにかくずっと猫の傍にいた。
猫は、ミルクを順調に飲んだ。
僕もやらせてもらった。
最初は目がくっついて腫れていた。

猫は、いよいよ目が開いてきた。
僕はその目が青いことに気が付いた。
外人なのかと思った。
母は猫は赤ちゃんの時は、目が青いらしいと言った。
へぇ、と言いながら、やっぱり僕は猫から離れなかった。
ガーゼがずれていないか何度も確かめて、寝ていれば眺め、起きていれば手を出して触った。

三日もすると、僕は猫を持てるようになった。
それまでは、小さすぎてつぶさないか心配だった。
猫は僕が居るとおとなしいが、姿が見えないとニャアニャア鳴いた。
僕はそのたびにハイハイと傍に行った。
母は、僕にその猫どうしようかねと言った。
僕は誰にもあげないよ、と猫を見た。
飼う気になったのだ。

猫から僕は離れなかった。
寝不足になるかと思った。
気になって気になって仕方が無かった。
ニャアニャアと言えばすぐに見てやり世話をした。
母や初めてなのに手馴れていた。
おしりを刺激しおしっこやフンをさせてやり、ヨシヨシと撫でていた。
母というものは、どんな生き物にも母になれるのかと思った。

ここから僕は、デレデレになる。
何をするにも猫が気になり、猫と遊んだ。
寝ていれば布団をかけてやり、お気に入りの僕のタオルケットだって提供した。
フカフカの布団を用意してやりそこに寝かす。
いつも猫から目を離さなかった。
可愛くて仕方なかった。

猫はすくすく成長し、自分で皿からミルクを飲むようになり、元気いっぱいに走り回った。
目が綺麗になって、真ん丸になった。
それを見て僕は嬉しくてたまらなかった。
今までの苦労が吹っ飛んだ。
猫は僕が大好きになったようでいつも一緒に寝た。

僕は猫を見て最初は驚いた。
猫なんてまさか飼うとは思わなかった。
今では大きくなって、持ち上げるのも一苦労だが、不思議と猫が居ると安心した。
猫を飼うようになってから僕の母子分離不安が収まってきた。
猫は神様からのプレゼントかもしれないな。

猫のお蔭で僕はだいぶ母が出かけていても家におとなしくしているようになった。
母は、仕事でたまに家を空けるが、僕は猫と過ごしていた。
生き物が家の中に居ると言うのはいいものだ。
なんとなく気配がするだけで心強い。
僕は少しずつパニックになることも減ってきた。
気分がドッシリした感じだ。


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