発達障害なう

ツイッターで、投稿したものをコピーしてあります。

特性行動

【ご注意】このブログ(ツイッター含む)の文章の内容は、僕が障害を乗り越える過程です。現在進行形ではありますので、人によっては不快に思ったり、障害当事者の方は、フラッシュバックを起こす危険性もあります。文章で生々しく当時のことを再現しておりますので、閲覧される場合はじゅうぶんご配慮の上、自己責任でお読みください。また、自傷などは、一切僕はしておりません。
また、このブログに書いてあることは、あくまで、一障害者の発言であり、専門家の意見ではありません。僕の発言だけを鵜呑みにすれば、危険をともなうことになりかねません。そして、僕の文章は、全てを網羅するものでもなんでもありません。そして、発言内容を他者に押し付けるつもりもございません。その点、ご留意の上、お読みくださると幸いです。
【自己紹介】ADHD アスペルガー症候群 強迫性障害 反社会性人格障害 10才で診断。双極性障害は19才で診断。 小1からの出来事をツイートしています。発達障害関連無言フォローします。愛の手帳4(療育手帳B2)障害者手帳1級取得。精神年齢14才。亡母がアスペルガー・ADHD、現在21才。フリープログラマー♂ 2015年6月9日スタート

スーパーに一人で買い物

現在は、コンビニには、深夜なら買い物に行けるようになりました。
お会計は、お財布ケータイでスマートに支払いを出来るので、
お財布からコインを選んでいるうちに、店員さんに話しかけられて
頭が真っ白になることもありません。

お財布ケータイはとても便利なので、酷使しています。
残高もすぐに自分で確認が出来るし、チャージも千円単位ですからね。
僕は、五千円か、一万円でチャージすることが多いので、
管理も把握もしやすいです。
おまけに、財布を持ち歩かなくて良いので、失くすこともありません。

細かいレシートはもらわずに、チャージ分だけ把握すれば、
お財布もふくらまなくっていい感じです。

コンビニが使えるだけでも、ずいぶんマシになったかなと思っています。



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ツイッター10月9日

僕は、今日吐き気と鼻水と一緒に、涙目で一人でスーパーど真ん中に居た。
深夜のコンビニで慣れて来たので、買い物出来ると思ったのに、やっぱり厳しかった。
止めておけばよかったと、カートを押しながら
「フェッ、フェッ」
と鼻をすすりはじめてしまった。
助けを呼びたくても一人しか居ない。

食材が何か欲しかった。
お米も切れてしまって欲しかった。
トイレットペーパーも欲しかった。
コンビニばかりで、飽きてしまった。
ネットスーパーを頼もうと思ったが、配達時間が合わずに頼めなかった。
最近、いろいろ出来ることが増えたから
僕は、もう買い物くらい大丈夫なんじゃないかと勘違いをした。

スーパーの入り口に入ったら、カートにカゴをセットして深呼吸した。
目の前にはたくさんの人が居るが、顔を見ないようにして商品の棚を見ながら歩いた。
お米を探したが、目にたくさんの色と文字が飛び込んできてクラクラした。
大きな音でアナウンスが鳴ったり人とぶつかったりして頭が真っ白になった。

何を買いに来たのか忘れてしまった。
メモもしてこなかった。
思い出すように商品の棚を端から見て歩いた。
歩きながら、やっぱり無理してでも、妹に同伴してもらえばよかったと後悔した。
さっきまでは、妹と買い物をしていたのに、そこで僕は失敗をしてしまい、妹に叱られてしまった。
妹を怒らせたのだ。

妹は、薬局に用事があると言った。
僕は買い物をしたかったので、一緒にくっついて行った。
妹は僕を上手に誘導してくれる。
よそ見をしたり落ち着かないと、手を引っ張ってくれるのだ。
無駄なものを買わないから、安心して付いていられる。
薬局に入ってすぐにハンドクリームにくぎ付けとなってしまう。

ハンドクリームはたくさん種類があり、どれも良い匂いがした。
僕は「テスター」と書かれたものを手に取り手に塗り付けて行った。
それぞれ匂いを嗅いで塗り付けてみる。
両手に付けてみてもまだまだハンドクリームはある。
僕は嬉々として、腕まくりをして腕にまで塗り始めた。
どれにしようと悩んだ。

妹は、自分が欲しいものを見に行っていた。
僕はハンドクリームに没頭し、ジロジロと説明を読んだり、塗り付ける。
ちょっと高めのハンドクリームが気に入り、手に持ったまま、ふと目をやるとまたチューブが並んでいた。
僕はそれもハンドクリームだと勘違いをして、今度は顔に塗り始めてしまった。

どれがいいだろうと、塗り始めるが、結局よくわからない。
困ったな、と思っていたところに妹が商品を手に戻ってきた。
「もう行くよ。」
と僕の顔を見て
「あれ?」
と言った。
「何を塗ったの?」
僕は手にしていた「テスター」と書かれたチューブを見せて
「ハンドクリーム」と答えた。
「何をしているの。」

僕が塗りたくっていたものは、女性用のファンデーションだった。
僕は真っ白な顔になっていた。
ただのチューブでハンドクリームだと思っていたのに、肌色に気が付かなかった。
妹は、僕の手からテスターを取り上げて
「行くよ。」
と僕の手を取ろうとしてギョッとした。
僕の腕は全部ぬるぬるだったからだ。

「こんなに塗っちゃダメでしょう!」
と言って、僕を睨みつけた。
どれにしたらいいのか選んでいただけなのだが、こんなに塗っていけないとは知らなかった。
僕は一番値段の高いハンドクリームを昼間と夜用を買うことにして、一緒にレジに並んだ。
そこでレジの周りにあるPOPをいじくってまた叱られた。

完全に落ち着きが無くなった。
お金を出したくても、お金の種類がわからなくなってしまった。
どこにいくらです、の表示が出るのかもわからずに、あわあわしてしまった。
突然、逃げたくなって、会計中にレジの場所から離れてしまった。
妹にまた叱られた。
じっとしていなきゃダメだと言われてしまう。

次にスーパーに一緒に行ってもらおうと思ったのに、妹を完全に怒らせてしまった。
僕はシュンとなり、一人で行くことにしたのだった。
しかし、それが間違いだった。
スーパーの真ん中で涙を堪えて買い物をする羽目になってしまった。
妹のために卵焼き器も欲しかったのに、どれだかわからない。

四角いのだってわかっているのに、判別がつかない。
よーく文字を読むと卵焼きだとわかるのだが、IHで使えるものなのかわからない。
あると思っていたものが無いので、更にパニックになってしまった。
お米を思い出し、お米を探したが「無洗米」と「5キロ」の両方が一致したものをうまく探せない。

目を皿のようにしてお米の袋を見てやっと両方が一致するものを探し当て、カートに突っ込んだ。
目は既に涙目で鼻水と吐き気が止まらず、おえおえとなりそうになる。
さっき塗りたくったファンデーションで顔に違和感を感じたので余計にだった。
アウトだ、もう駄目だ。
そう思い電話にすがった。

知人に電話をし、泣きそうに嗚咽しながら、
「ウェウェッ」と「ヒックヒック」
で相手には僕がパニックになっていることがわかったようだ。
とにかくレジに誘導をしてもらい、途中よそ見をしないように指示してもらった。
レジで店員さんに助けてもらいながら会計をして、なんとかお米はゲットした。

スーパーでは僕は周囲を気にする余裕はないが、おそらくとんでもないことになっていたとおもう。
大の大人(に見える)の男が半べそで米を買っているんだから、どんな事情だと言う感じだろう。
出口に向かいながら、僕はヒクヒクしながら、二度と一人で来るものかと思った。
まだ無理みたいだと自覚した。

人の刺激に弱く、商品の色も文字も刺激になってしまい、全部頭の中に飛び込んできて惑わされてしまう。
おまけに音も酷く煩い。見たこともないような人々ばかりで混乱する。
キャパをあっという間に超えて買い物どころじゃなくなる。
僕にはもうちょっと訓練が必要かもしれない。
そう今日は思った。 




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時間ピッタリ国

【自分の波を制御したい】


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ツイッター 9月4日

仕事したくない病にかかるって調子の悪い時。仕事やる気まんまんになる時は絶好調。僕はこのギャップが凄い。でも、これじゃイカン!と思うのだ。お仕事なんだから、自分の役目をきっちり果たさなくてはいけない。それには、安定した精神状態が必要だ。そう思ってあれこれ工夫をするのだがなかなか。

まずは朝だ。僕の朝は逆転しているから午後三時ごろだ。良い目覚めが大切だ。目が覚めたら朝食。コーヒーをゆっくり飲みながら何か食べる。それが理想なのだが、現実はそうはいかない。目が覚めるとすぐに覚醒してしまうのだから困る。まるでロボットみたいに、いきなりシャキシャキ動き出す。

起床⇒覚醒⇒ハイテンションなのだからすぐに僕は動き出す。朝食のことは忘れて、部屋の片づけ、ベッドメイキング、身支度を整えてあれこれガチャガチャはじまってしまう。すぐに思考しはじめるので、ぽわーんとしたくても出来ない。だったら仕事ギリギリまで寝ていればいいのに起きてしまう。

たいてい食事のことを忘れることが一番多い。朝食を忘れて動きだし、そのまま仕事に出かけてしまう。たまにLINEで、食事を食べたのか聞かれてやっとこ思い出す。あ、そうだった、忘れていた、となる。しかし、厄介なことに僕は食事を忘れるほどの時は、仕事で絶好調なのだ。キレッキレである。

朝食を忘れれば、延々と仕事が終わるまで食事を取れない。仕事の最中に食事を取る気にならないからだ。熱中しているからだろうけど、口にしたくない。しかし、生活はこんなんで、ピントがズレているときほど、仕事がはかどって調子がいい。精神的にも安定をしている。お腹は空くけれども頭が冴える。

仕事を全開で素早くしたいときは、食事を忘れるほどな精神状態の方がいい。ストイックになれる。逆に食事や睡眠をぐっすりとるような一見安定した精神状態の時は、何故か目が覚めても、疲れも取れずにスッキリせず、食事をいっぱい取って腹がいっぱいになってしまいだるくなる。そして仕事も進まない。

おかしい。身体に良さそうな生活をすると、具合が悪くなり調子を崩し、おまけに頭が回らない。そしてそんな時ほど、無駄に人と関わってしまい、余計に疲れる。僕には、ダークな生活のほうが身体に合っているのか。夜中近く、夕方に目を覚まして、何も食べずに腹を減らしたまま仕事をする方がいいのか。

仕事を安定的にこなせるように、あれこれ試してみたが、とても難しい。結局波があって不安定を必ず抱えてしまう。今日も明日もあさっても、いつも一定した自分になりたいのに、今日が良くても明日良いとは限らない。自分に自信もないので、人と約束することも難しい。日程を合わせることも困難だ。

この波をなんとか制御したい。まったくなんてわがままな精神状態なのだ。気まぐれでは仕事は出来ない。月曜日から土曜日まで僕は一定した自分が欲しい。機械が羨ましい。機械は一定している。人間はどうして一定出来ないのか。いや、僕は何故一定しないのか。一定するととても都合がいいのに。

いつも同じ高さで仕事をしたい。なんて思っても結果的にグダグダでやる気なしの時は、すぐ集中が切れてしまう。4時間くらいで集中切れ。帰りたくなってしまう。絶好調の時は、12時間でもひたすらやるっていうのにギャップが激しすぎる。この波の激しさはずっと抱えている。自分でも呆れるくらいだ。

どんだけ工夫しても、生活を変えようとしても結局駄目なら、この波のままやればいいやと開き直ってみるが、そうなると次に、いやいや、やっぱり仕事だ仕事と焦り出す。そして、何故か仕事をせずに事務所の掃除をしはじめる僕だった。僕はお勤めする人には間違いなくなれそうにない。酷いものだ。

精神状態さえ波もなく、穏やかに過ごせるのであれば、時間通りに動けるのであれば、僕はきっと普通に社会の中で働けるはずなんだ。他にも人と衝突することもあるかもしれないが、それは後回しだ。まずは基礎作りだ。昼夜逆転は絶対になおせそうもないから仕方ない。深夜の仕事と割り切るとしてだ。

ずっと穏やかな一定な僕。なだらかで落ち着いた僕。これを目標にしていきたい。仕事をする以上、僕は自分を制御出来なくちゃいけない。信用されなくなってしまう。あーもうどうしよう!大問題だ。とブツブツ言っていたら、僕の仕事関係者が「それじゃあ、今の仕事の切れ味なくなるかもしれませんね。」

関係者曰く、僕の波の酷さはある程度仕方のないことだと認識していて、むしろそれがあるから、ダウンした分アップするのだと期待しているのだそうだ。そして、その波こそ、僕の力を発揮しやすくしているのではないかと言う。ホウホウ。僕のことをよく観察してくれているものだ、有難い仕事仲間である。

発達障害を抱えていると、僕もそうだが自分では制御出来ない部分が多すぎる。それを周囲にわあわあ責められてもとっても困る。時間がわかっていないわけではないし、時計が読めないのか?だって?ちゃんと読める。まったく失礼なことだ。ただ、時間の認識が甘いのではなく、緩いのでもなく弱いだけだ。

時間の認識をしようと本人は克服するのに必死なのに、その必死さは他者には伝わりにくい。何を頑張っているのかなんて、見えっこないからだ。それを結果だけを見て努力が足りないと言われてもどうしようもない。そんなことを言われたら一層凹んでしまう。もがいているのを伝えたくても伝わらない。

そもそも、時間にぴったりに動くなんて芸当は時計が何個あっても無理である。そこの部分は弱いんだから仕方がない。努力や工夫はするが完璧には出来ない。仕事に情熱が無いわけでもないし、働きたくないわけでもない。一生懸命自分の精神状態の波を保とうとそれだけでもいっぱいいっぱいなのだ。

しかし世の中は時間に縛られている。なんでもかんでも時間だ。特に日本は時間ピッタリな国だ。時間を守らないとそれだけで全て無になることだっていっぱいある。僕は時間に超ルーズだ。だから約束が出来ない。そんなことを言えば即刻信用を失う社会だ。日本の国旗の日の丸が時計に見えてくるくらいだ。

僕は、わざわざこの時間ピッタリ国に生まれた。これには何か意味があるに違いない。まるでシャレにもならない。鉄道はピッタリ。数秒の遅れも無い。人々も時間ピッタリ。そして時間はピッタリに流れて行く。この時間ピッタリ国は僕を許さない。いいか?合わせろとばかりに僕をカチカチ責めたてる。

時間に合わせている生活。時間がメインの生活。時間時間。なんだ、時間がどうも一番偉いらしい。タイムイズマネーなんだから。馬鹿馬鹿しい。時間に偉そうにさせるなんて、いったいどうなっているのだろう。人間は、いつから時間に支配されてしまったのだろう。人間が時間に合わせるロボットのようだ。

だからこの社会は、僕が自分の波に合わせようとすることを全力で阻止してくるんだ。あくまで世界基準の時間に、ピッタリ合わせてほしいんだから。発達障害を抱えていて、時間認識に弱かろうが不安定だろうがお構いなしなんだ。そこに歪みが生じる。僕が波を抑えなくっちゃいけなくなる。なんてことだ。

僕は自分を守るぞ。僕には僕の波がある。僕の息遣いだってある。時間ピッタリ国に反抗しようっていうんじゃない。時間に正確なことは、文明が進んでいる証拠なのだから。しかしそれに合わせるとおかしくなるのなら、得意な人にお任せしておけばいいのだから。基準は必要だが僕には僕の時間があるんだ。

考えたらスッキリ爽やかだ。何もピッタリ国に合わせなくていい。僕は僕を生きることだけ、僕の時間を守ればいい。日本の基準の時間に合わせた方が良い人や、指針が欲しい人はそれでいいだろう。まったく問題が無い。共存しよう。約束は出来ないが、そんな人もピッタリ国には必要なのかもしれないから。


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一人になりたい。

僕は最近体調を崩しっぱなしだ。
無茶なスケジュールの引っ越しもそうだし、家族で新潟行きとか、お盆まっただ中に仕事で東京に戻ったりと、考えただけでも恐ろしくまた人にまみれてしまい、すっかりダウンした。
考えてみると家族や他者と一緒に過ごすことが増えてしまった。


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ツイッター 8月17日
【一人になりたい】


僕は、他者と過ごすときには、物凄く気を使う。そして、何とか他者の願いや希望を叶えてあげようと必死になってしまう。新潟行きもそうだが、家族に同行を求められ渋々行ったのだし(結果的には楽しめたが)行けば行ったで無駄にハイテンションになってしまう。
なんとか楽しんでもらいたいからだ。

気を使う割には、結果的に僕が大騒ぎしてあれこれ見て歩くものだから、迷子になりそうになるし、わけがわからなくなってしまい揚句刺激に負けてしまう。
家族には楽しんでもらいたいんだから我慢していることもいっぱいあるが、自分も出てしまったりとグチャグチャだ。旅行は本当に苦手なんだ。

僕は、どんな人間なのかわからなくなる。
家族と居る時は期待に応えようと必死になり、とんでもなく我慢してしまうのに、自分も出てしまい家族を困らせてしまう。
僕はいったん思いつくとすぐに行動しないと気が済まない。
海を見たいというスイッチが入れば、どうしても海を見ないと気が済まない。

家族とのんびりするつもりの旅行なのに、僕のわがままが出てしまう。
海を連呼し要求を通そうとしてしまう。
要求が通らないと車を降りかねない。
きっと何も考えずに海まで一直線で全力で走り出しそうだ。
衝動性が強いせいなんだろうが、その時の僕は僕でも止められない。
家族も止めることが出来ない。

母は、僕の気を紛らわそうとするが、いったん思いついてしまった僕を止めることは困難だと言っていた。
気を反らそうとしても、余程他に目を向けスイッチが変わらないと強力に思い続けてしまう。
僕が子供なら少しは抑えられるのかもしれないが、僕は大きくなりすぎていて母も抑えにくいのだそうだ。

せっかく、家族と穏やか旅行のつもりなのに、僕のワンマンショーとなってしまい、後で反省するし、帰宅すると疲れ果ててダウンするのだから性質が悪い。
どうしてこうも衝動が強いのか自分でも情けなくなる。
そして、ちっとも反省が生かされずまた繰り返す。
僕にとってはこの衝動性は大敵なのだ。

衝動性だが、どんな風に感じるのかと言うと、たとえば海を見たいと思いついたとしよう。
すると海の映像が僕を支配して、頭にこびりつきどうやっても離れなくなってしまう。
そして今回海に行けなかったらもう二度と海が見れないのではないかと思い込んでしまう。
どんなリスクがあっても行きたくなる。

時間や現在の場所などまったく関係ない。
たとえ、日が暮れようとも、宿泊が必要になろうともそんなことも一切関係が無い。
野宿してでも海が見たい、それ一心になってしまう。
達成するまでは歯を食いしばって、地に這いつくばっても、腹が減っても、叶えようとする。
そのパワーたるや物凄いのだ。

とにもかくにも、海を見たい、それしかなくなる。
翌日仕事があろうが、家族とはぐれようが、お金がなくても、無問題なのだ。
何故海が見たいのか、なんてことは考えない。
理由は二の次になってしまう。
思いついたら、思いついてしまったら最後、僕の勢いは頭を殴らないと止まらないだろう。

家族は僕の衝動性が激しいことを知っているので、旅行の際には、時間にはなるべく余裕を持って対応出来るようにしてくれるが、僕の好奇心の方が上を行く。
目に付いたもの片っ端から衝動が巻き起こり、イマジネーションは止まらない。
叫びっぱなしで感激しまくりで手が付けられなくなるのだ。

普通は、周囲の目も気にするのだろうが僕には関係ない。
むしろ何も見えていない。
視界から消えてしまうのだ。
人が傍にいるなんてこともお構いなしだ。
また、人からどう思われるのかなんてことも考えない。
完全に自分だけのワンダーランドになってしまい、全身で表現し、感じることしか頭にない。

前回海に行った時も、僕は仕事帰りのシャツとパンツ姿で砂浜で遊んでしまい、海は広いな大きいな~と歌いながら大はしゃぎしてしまった。
流木を拾い文字を書いたり穴を掘ったり、海を眺めたり触ったり、写真を撮りまくって、車内で待つ家族を呆れさせた。
僕は見た目が大人っぽいので余計に不審者だ。

もちろん、家族はそんな僕を一切止めない。
止めても無駄だと知っているからだ。
たとえ、その姿が危ない人だろうとも、危害を与えるわけではないからだ。
そして、僕がはしゃいでいる間、じっくり待っていてくれる。
僕は時を忘れて海を満喫し身体で感じるまで気が済むまでジロジロと海をガン見する。

海ってなんだろう、海ってどうしてあるんだろう、あれこれ思い思考し、地球のことも考えたり、お水のこと、お塩のこと、ありとあらゆることを海を見ながら考察する。
生きているものは海から生まれて来たんだ。
感激だ。ありがたい。
と何かに震えながらジワジワくる。
微生物にまで想いを馳せる。

そんな勢いで海についての謎を思いつき、車内に戻ってi padで調べ始めたりして揚句家族に独演会なのだから迷惑だっただろう。
後で自分で自分の行動を思い起こしても間違ってはいないと思うが、家族には申し訳ないと思っている。
海についてあれだけおしゃべりされたらたまらないだろうから。

僕はこんな僕の衝動性を何とか抑えることは出来ないものか、最近考え始めている。
新潟家族旅行も、東京に戻った時も、衝動性は大量に出ていまい、結果的にダウンしてしまった。
要するに僕には体力の限界だったんだ。
それを感じにくいから余計に拍車がかかってしまう。
そこで思いついたことがあった。

僕は普段は穏やかに過ごしている。
ちゃんと仕事もこなしている。
それなのに、人と関わるとあっという間に刺激に弱くなり、ハイテンションになり、衝動性が増してしまい欲求にまみれてしまう。
要するに、一人で居る時間が必要だということだ。
僕は一人で過ごす時間が足りなくなると決壊するようだ。

一日で何時間か一人で居ないと決壊するのだろう。
しかも相当長い時間が無いと壊れてしまう。
しかし一日単位で考えてしまうと、人とどこかへ行くことが不可能になってしまうから、一週間を目安に考えた方が良さそうだ。
一週間のうち六日は一人で居ないと今のところ危ない気がする。
一泊が限界なのだ。

自分は自分にしかコントロール出来ない。
人にやってもらうことは難しく、薬を投与しなくてはならなくなる。
僕は自分で限界を知らなくてはならない。
今後は旅行を容量で言うと一泊を目安にし、前後は必ず一人で居ないと旅行を決行しないように心がけたい。前後も人と居たら失敗するだろうから。




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夜の住人【昼夜逆転について】

僕の「夜の住人」のイメージは黒いマントを羽織って、
手持ちのランプをつけて、月の灯りを頼りに、夜の街を歩いたり。
家の中は、柔らかな灯りだけをともして、
大好きなコーヒーと一緒にカタカタと仕事をして。
たまに背伸びして自分を思ったりね。

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※このツイートの投稿でイラストを描いていただきました。
もち@ADHD @mochi_adhd  さん
感謝します!


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【昼夜逆転について】
僕はいまでも、普通の生活リズムで過ごせない。
「睡眠リズム障害」と診断されているのだが、
毎日いつ起きるのか寝るのか本人もわからない。
だから明日の約束なんて不可能に近い。
身体のリズムが24時間でまわっていないのだそうで、
少しずつズレていく。
しかもランダムだ。

昼夜逆転しているのだから、当然学校には登校できない。
僕は中学時代~高校まで、登校は15時半以降でないと厳しかった。
朝っぱらから登校したら間違いなく身体が不調になり、
胃を壊し鼻血を大量に出してダウンしてしまっていた。
その後2週間は不調が続いてしまう。ロクなことがなかった。

周囲の人達は、僕が起きれないことを知っており、
特に無理はさせられなかった。
軽い安定剤が出たときもあったが、僕は飲まない。
母は、僕のその様子を特に咎めることはなかった。
いつもとんでもない時間に
「おはよう」な僕に対して「起きたこと」
自体を喜んでくれた。
僕はそれがとても助かった。

僕が、自分を分析すれば、あの頃いや今でもそうだが、
昼夜逆転には非常に大きな意味を持っていると思う。
通常、人間は朝起きて夜寝ているものだが、
それはあくまでも身体(肉体)の都合である。
しかし心を病んでいるのだからそれは後回しでも良いのではないかと思う。
心を安定させたいのだから。

僕は、精神的に不安定であり、心が未発達だ。だからこそ、
昼間の喧騒は、不安定さを助長してしまう。
昼間は、人が大勢活動しており活発だ。
嫌でもザワザワしており、いろいろな人の念まで
飛んで歩いているのではないかというくらい騒々しい。
まるで携帯電話の電波が大量に飛び交っているようだ。

そして、空が明るいうちは、僕の自己嫌悪が増してしまう。
自信満々の人々が自分を主張し大いに活躍している時間帯に、
自己否定満々&身勝手な僕が同じように息が出来るわけがない。
無理に起きていたら、世の中と僕を比べて更に
「いけない自分」「出来ない自分」
を盛大に追い詰めることになる。

昼間に起きていると、ポツンと孤独の中で「僕は社会世の中から、
全否定されており、受け入れられない存在である。」
と感じてしまい嫌になってしまう。
おまけに何もする気が起こらない
「無力感」
満載の僕は、この世の中には不要なんじゃないかと思ってしまう。
希望の光がどんどん吸われてしまう。

周囲が
「そんなことはない」
と何百回言ったところでまったくの無意味であり、
心にも届かない。
僕には太陽の明るさは刺激が強すぎて、落ち着くことも出来ない。
どこに隠れたってお日様は責めるように僕をあぶり出そうとする。
カーテンなんかなんの意味もない。
部屋を真っ暗にしたってダメだった。

ある日、僕は「闇属性」なんだと思うようになる。
だから太陽に弱いんだ。
太陽を浴びたら一瞬でケロイド状態になってしまい、
悲鳴をあげながら溶けて行くんだろう。
まるで神の光りを浴びた悪魔のように、あっという間に消滅させられてしまう。
そんなことになったら大変だ。
隠れなくてはならない。

また日中の子供の声や近所の人の声も、
耳を覆いたくなるような勢いだ。
元気な人々の声は僕に矢のように突き刺さり、
グサグサと心に穴をあける。落ち着かなくなり、
家の中でも居場所をなくしてしまう。
音はどこまでも追いかけてくるし生活音は僕を苦しめる。
お前は駄目なヤツだと聞こえるのだ。

僕はこんなに気配を殺し、自分を殺して生きているのがやっとだというのに、
昼間の人々といったら太陽の下で平気な顔をして深呼吸をしている。
あれがまともな地球人なのだ。
しかし僕は違うのではないか、地底人なんじゃないかとモグラにでもなりたくなってしまう。
暗闇はないか探しまくるのだ。

もはや昼間に住む人々は、僕とは違う生物である。
と勝手に認定するよりなかった。
そして昼間の人々には、目に付かないように感じないように、
僕は昼間をやり過ごすしかなかった。
心がこれ以上ぶっ壊れたら僕は制御不能になってしまう。
結果昼間は寝ているのである。
見なかったことにするのだ。

心を守るためには、夜の静けさが必要なのだ。
夜は、昼間の人々は寝ており、僕は天下を取った気分になれる。
少なくとも、僕と同じような人々は目が覚めているだろうが、
それは少数なんだから煩くは感じない。
自己否定を増加させないように、僕は夜に活動し、
勉強もしたり、ご飯も食べるのだ。

人間にだけ夜があるわけじゃない。
植物にだって、動物にだって、夜は訪れる。
腹を減らして狩りをするもの、身体を休めるもの、様々だ。
活動は昼と決めてかからなくても良いんだ。
僕にとっての太陽は、月でちょうどよかった。
太陽の光りを柔らかく間接的に照らしてくれると感じた。
星もそうだ。

感覚が鋭い僕だから、心にとって夜でちょうど良いと感じた。
間接照明のように、穏やかな光は僕を癒してくれる。
太陽は僕を焦がしてしまう。
月や星は僕を癒してくれた。
雨も汚れた街を洗ってくれるようだったし、風は僕を奮い立たせてくれるように思えた。
素直に自然を受け止められたのだ。

人は身体が疲れると、夜に休む。
それは自然の摂理であり、地球のリズムだ。
僕は心が疲れているのだから、心が昼間に疲れたら、昼間はお休み。
夜に起きていればいい。それは、いけないことだと思えば苦しくなる。
今の僕にはその夜の静けさが必要なのだからそれでいいと割り切ってしまった。

そしていっそのこと夜に活動出来る仕事をしようと考え付き今に至る。
僕の心は、太陽の光りではきつすぎるのはずっと変わらないだろう。
それなら、夜のハンターになればいいだけだ。
猫だって夜に大運動会をしている。僕も夜に元気になればいいのだから。
猫と一緒に過ごしていて僕はそう思った。

しかし、夜に癒されて、昼に戻る人だっていっぱいいる。
夜を有効に使えばいいだけなのだ。
一時期夜の住人になったとしても、まったく問題はない。
大歓迎する。もし昼夜逆転したとしたら、それは心が修正中なのだから。
時間はかかっても、壊れるよりはいい。
無理に戻せば悪化するだけだ。

心が疲れてしまった人、太陽がきつい人、自分を見直したい人、
いろいろな疎外感を感じて、停止してしまい傷を受けた心には、
夜は心の保養にちょうどいい。
ゆっくりと温泉に入るように、ゆっくりと休めるように、
自分を見つめなおすには、充電するには、
夜はきっと療養をさせてくれると思う。

家族が昼夜逆転しているのなら、
それはその人が心と立ち向かっているということなのだから。
猫の習性のように、認めてあげればいいだけなんだと思う。
僕もそう。
家族は誰も僕の習性を叱らなかった。
それがいつまで続くかなんて本人にもわからない。
いつかふっと太陽属性になるかもしれない。

今の僕は、夜の静けさを利用して、自分を生きている。
コンビニの灯りしか僕にはずっと無くたって問題はない。
Yahoo!のニュースが止まってあまり更新されないと安心する。
動いていない社会の中で僕は動く。
生きていることを実感出来れば、それだけで満足なのだ。
これからもずっと。




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何故何故くんと躾けの式

僕が疑問に思う事はたくさんあります。
何故何故くんなんです。
なんでもかんでも知りたがりですから、興味を持つととことん追求したくなるのです。
そのかわり興味を持たないと、無関心で見向きもしません。
極端なのです。
小さいころから母に質問ばかりしていましたから、母も一緒に博士になりました。


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特に発達障害を抱えている子は、様々なものに興味を持ち、偏りが酷い子が多いです。
子供の何故何故は、成長過程だそうですから悪いことではないんでしょうけれども、
毎度忙しい時に限って聞かれるので、ウンザリしていたと思います。
母はぐぐっととこらえて僕の何故何故に付き合ってくれていました。

僕の何故には、終わりがなく次から次へと何故と聞きます。
母は、いちいちそれに答えなくてはなりませんし、
年齢とともに母でも即答出来ないような質問もしてしまいます。
何しろこの地球に生まれて初めて目にするんですから、当たり前なんですね。
目の前にあることのすべてが謎に包まれていますから。

子供は、大人に聞くことに、何のためらいもありません。
しかも、目についたことをポンと聞くのですから、傾向と対策なんて無いんです。
最初は、可愛いことから聞いてきます。
「空って何故青いの?」
「海って何故青いの?」
まだ、母が答えに困ることでもなく、色の見え方なんかも教えてくれます。

子供には全部は理解できませんが、もっともらしい答えを聞くだけで、
さすが大人って凄いな、と思ってしまうのです。
そして質問はどんどん高度になっていきます。
「ひかりの速さはどれくらい?」
「月の重量は?地球の何個分?」
「一日はなぜ24時間なの?」
母は、見事に全て答えて行くのです。

数学の話から、世界の歴史、物理の話も得意です。
僕は母を何故何故教授だと思っていました。
すると、母はある日
「まるで、雑学博士でしょう?どうでも良いことばかり詳しいのよ。」
と言っていました。
「何故そんなに知っているの?」
と聞いてみました。
すると
「それは私が知りたがりだったからよ。」

ホウホウ!
僕たち親子は、知りたがり親子なのでした。
子供の何故は、とても素晴らしいことだと思います。
人は、自分で疑問に思ったことは、答えを吸収しやすいですよね。
逆に
「勉強しなさい!」
と言われるとゲンナリしてしまって、やる気もなくなります。
押し付けられることが嫌なのでしょうね。

言葉を話すようになったら、何故がスタートすると思いますし
子供が何故そこに興味を持ったのかも聞けると楽しいですよね。
僕がよく見ているところで、こんなところがあります。
科学の何故がまとめられていて良いサイトです。
「科学なぜなぜ110番」

子供の何故に答えていると、良いことがあります。
それは子供と情報交換をする時間が持てることと尊敬されることです。
別に凄くお勉強しなくっちゃいけないわけでもありません。
さっきの、サイトを一緒に見ながら、さも知っていたかのように解説してもいいし
一緒に感動したっていいんじゃないかな。

子供目線で何故を知るのにクセをつけておくと、もうひとついいことがあります。
それは、子供をしつけるときや悪いことをしたときです。
子供を叱るときに、よく大人が言うのが
「そうじゃない、こうしなさい。」
です。
そうやって決めつけようとするんです。
たしかに結果・結論はそうかもしれない。

親なりに考えれば、わが子のために早い答えをということなんでしょうが、
子供にしてみたら、その時点で押さえつけられてしまうと本当に反省は出来ない。
下手すれば反発されてしまう。
それで子供は
「何故やってはいけないのか?」
と聞くんです。
大人はシャットアウトしてピシャリと
「なんでもなの!」

そう高圧的に言われてしまうと、子供はがっかりです。
先日のスーパーの親子のように、母親に感情を出されたら女の子だって泣いちゃう。
とにかく怒られた&悲しいまたは悔しい、だけが記憶されてしまう。
それでは、せっかくの躾も意味のないものになりかねない。
躾は恐ろしいものではないはずです。

子供が社会に出るための、ルールやスキルを「教えるため」なのに、
ただ怒られるだけのものになったらお互いによろしくない。
では、どうしてほしいのかってことなのですが。
僕ならまずは、子供がやらかしたら、そのことが良いのか悪いのか断言しないです。
たとえば、家のガラスを割ったとします。

ただ
「ガラスを割っちゃダメ。」
と答えを言いおまけにプラスして感情が出ちゃって怒ったら子供は萎縮するだけです。
それはわざわざ答えを先に言ってしまってます。
それでは、ちっとも「教え」にならない。
計算だってそうでしょう?
問題があったら、答えを出すために自分で式を用いて答えを出します。

学校の先生は、先に答えを教えてはくれません。
自分で考えさせるんですから。
だから、僕が学校に計算機をもって行ったら叱られたんですよ。
「あなたは、道具に頼って生きるつもりかと。」
子供の躾も同じなんじゃないかなって思うんです。
(問題)発生→(式)=(答え)に繋がるんです。

その(式)に入ることは、様々なものがあります。
英語で言えば、5W1Hです。
What When Where Why Who Howです。なにをいつどこでなぜだれがどのようにしてですね。
これを聞けば「大人」が「子供」の目線で状況を把握出来ます。
答えは子供に出させるのです。

状況を聞いてから、答えは子供に出させないと、結局子供は問題の答えをずっと導き出せなくなってしまいますよね。
ただ答えを教えても、子供も大人の一方的な答えを聞きませんし、すぐに忘れちゃうのです。
「あなたは、なにをいつどこでなぜやったの?」
と聞けば子供なりに整理して考え説明をします。

その子供の説明を一緒の目線で考えながら、答えを導いてやるのが良いのではないかと思うのです。
子供は、何故何故博士なのですから、自分でもわからないことがあるでしょう。
「何故こんなことしたんだろう。」
って。
そこを穏やかに教えてあげるのも良いですよね。
と僕がふと考えた何故何故でした。





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