発達障害なう

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ツイッターつぶやき

【ご注意】このブログ(ツイッター含む)の文章の内容は、僕が障害を乗り越える過程です。現在進行形ではありますので、人によっては不快に思ったり、障害当事者の方は、フラッシュバックを起こす危険性もあります。文章で生々しく当時のことを再現しておりますので、閲覧される場合はじゅうぶんご配慮の上、自己責任でお読みください。また、自傷などは、一切僕はしておりません。
また、このブログに書いてあることは、あくまで、一障害者の発言であり、専門家の意見ではありません。僕の発言だけを鵜呑みにすれば、危険をともなうことになりかねません。そして、僕の文章は、全てを網羅するものでもなんでもありません。そして、発言内容を他者に押し付けるつもりもございません。その点、ご留意の上、お読みくださると幸いです。
【自己紹介】ADHD アスペルガー症候群 強迫性障害 反社会性人格障害 10才で診断。双極性障害は19才で診断。 小1からの出来事をツイートしています。発達障害関連無言フォローします。愛の手帳4(療育手帳B2)障害者手帳1級取得。精神年齢14才。亡母がアスペルガー・ADHD、現在21才。フリープログラマー♂ 2015年6月9日スタート

仲間

2016年7月8日

鬱状態なのか、停止状態なのか。
「何もやる気にならなくて、引きこもって外に出なくなって、
人とも話したくなくなって、些細なことで頭にきて、
頭の中がボンヤリする感じで身体が鉛のように重たい。」
これが繰り返して押し寄せるが、死にたいとか自分はダメだとは思わなかった。

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暗い穴にずっと入っていたいような。誰にも見られたくないような。
そもそも、存在さえ知られたくなくなる。
知られたくないだけで、死にたいわけではない。
家の中に居ても、何かに襲われやしないかと好戦的になったり。
ビクビクするのではなく、ヤラレル前にヤッテしまえ、みたいな発想になる。

人との関係もすべてが面倒くさくなり、あれこれ考えることもしたくなくなる。
僕のことを忘れてくれないかな。
記憶から消してくれないかなと思ったりする。
猫をなでながら、猫はいいなあと本気で思ったりする。
なぜ人間は、社会というものの存在が大きいのかを嘆いたりもする。
鳥も羨ましくなる。

大空を飛びたいな。
と空を眺めて、風を感じて、鳥が見ているであろう景色をボンヤリと想像したりする。
さぞかし気持ちいいのだろう、僕も飛べたら良かったのに、と残念がる。
田んぼの稲を見て時間の経過を感じたりする。
カモがガアガア鳴くのを、真似したりする。
仲間に入れてくれないかなと思う。

しかし、僕の姿はカモよりも大きく飛べないのだ。
ガアガア言えたとしても、僕は田んぼにポツリ、飛び立つカモに置いていかれる。
真っ白なサギも、仲間とともに行動しているというのに。
何故仲間といたがるんだろうとぼけっと考える。
鳥は鳥なりに大変なのだろう。
天敵からも身を守らなくてはならない。

同じ種同志、助け合って身を守っているのだろう。
だったら僕は人だから、人と仲間にならなくては自分を守れないのか。
田んぼには様々な生き物がいる。
水が張られている時はとくにキラキラして綺麗だ。
辿っていくと山があり、山も緑でいっぱいになっている。
山ですら仲間と一緒に山脈を作っている。

グルリと山は僕を囲って、360度どこを見ても山だから、
その山の間の凹んだところに立っている気分だ。
この立っているところ、平らな土地に田んぼを作り、人は生きてきたんだ。
そうだけども、僕は人と仲間になるのが困難なのです。
そうなったら、自然の摂理ではじかれてしまうのだろうか。

そういうことばかりじゃないはずだ。
仲間がもしいないとしても、はじかれたとしても、
自然を知っていれば、生きていけると思った。
仲間を作らないといけないわけじゃなくて、
仲間がいなくても生きていけるようになればいいのだろう。
しかし強がりを言っても僕に仙人のような暮らしは出来ないだろう。

高い山にも人が電気を通し、田んぼには電線がうつっている。
僕の立っている道路の下には水道も通っている。
人はどこにでも、影響をしようとしている。
そうなれば仲間が作ったこの社会で、適応していくことの方が楽に決まっている。
何度も堂々巡りで田んぼを見ながら考える。
自分からは逃れられない。

人に生まれたのだから、仲間は人となり、僕は人の社会で生きていくことになる。
自分から逃げれないのだから、受け入れるしかない。
嫌だとか面倒だとか、よくわからないとか言っていないで、
同じ姿の人が仲間なのだから。
どんよりとした脳だと、こういうことをずっと考えている。
グルグルと考える。

そうして、今回は田んぼを見ながら思いついた。
同じ姿をした人が仲間というところを訂正する気になったのだ。
姿だけで判断せずに、肝心なのは感覚だ。
姿だけで仲間になろうとしても、それは僕には無理がある。
だって似たような姿でも種が違うことだってあるのだ。
その種が感覚なのだろう。

あ、そっか。と合点がいき、感覚が同じ人と仲間になればいいんだね。
と、白く美しいサギを見て頷く。
サギは白いけれども、同じ白い白鳥とは一緒に社会を作ってはいない。
種は感覚と思えば、僕にも理解出来る。
自分と同じ感覚を持った人と社会を作ればいいんだな。
ふうむふうむ、と空を見た。

大きく言うとそれ国じゃないのか?感覚が近い仲間って。
たとえば日本人。感覚が近いから仲間になるわけだしね。
あれおかしいなと思った。
僕は日本人で日本にいるのに、感覚がうまく合わない。
要するに日本人らしくないのかもしれない。
人の社会ではなく、日本の社会に適応出来ないのかもしれない。

なんてこった。
僕はどうやら海を越えて、
どこか自分と同じ感覚の社会を探す必要があるのではないかしら。
ただそれはずいぶんくたびれそうだから却下しよう。
今でさえ疲れているって言うのに。
だから、日本社会の中で探して、集まりに参加するより無い。
集まればきっと僕も身を守ることが出来るはずだ。

あのサギのように、僕も感覚が同じ人に寄り添っていけば、うまく生きれるはず。
それには、自分自身が感覚をしっかりと持たなければ、
仲間に寄り添いたくてもわけがわからなくなる。
何かに影響された感覚では、結果的にまた無理をすることになってしまうだろう。
自分を持つということは、大切なことだ。

山と田んぼとサギとカモは、大切なことを教えてくれた。
自分をちゃんと持つこと。
これが生きるには一番なんだということ。
自分を見失っていたのでは、何も判断出来ない。
ただ社会に愚痴る前に、自分を知らなくてはいけない。
そして、自分にとっての仲間をこれからは探していけばいいと思った。




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ハイテンションと薬

毎日、とてもテンションの高かった僕は、いつも大騒ぎで生きていました。
興味のあることには、すぐに取り掛からないと気が済まず、
そして、やり遂げないことはありませんでした。
しかし、当然体が持つわけもなく、よくダウンしていました。


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【2016年7月8日 ツイート】

バルプロ酸ナトリウム(デパケンというらしい)を飲み始めて、
テンションが高くなることが減ったように思う。
いつもの僕は、常にハイテンションで、寝るのも食べるのも忘れて、
目の前にあることに没頭してしまう。
酷いときは3日でも4日でも延々と掃除し続けていたこともある。
止まらないのだ。

そして、掃除し終わると「なんて綺麗な部屋なんだ!!」
と感激し、もっと綺麗にしよう、そうだ、工夫をしよう、
あれを使おうこれもやってみようとどんどんテンションが上がり、
深夜だろうが寝ていなかろうが仕事だろうが、没頭してしまう。
そして、出来もしないのに、やれると思いこんでしまうのだ。

気分は「整理整頓の研究者」である。
人間の動線を考えて思い切った整理をしたり、掃除道具に凝ってみたりと忙しいのだ。
100円均一や、ホームセンターで使える掃除道具を見つけると大騒ぎだ。
すぐに使ってみたくなる。
そしてそれが良いもの、便利なものだとわかると、大量に買いだめしたくなる。

もし売り切れたらどうしよう、もし生産中止になったらどうしようと不安になり、
同じものばかり買ってしまう。
そして、必ず人にお勧めする。「これいいよ!!」と
(相手は聞いていないかもしれないが)
大真面目に使い方を解説し、その掃除道具が無ければ
掃除とは言えないとまで言い放つのだ。

その時点で、既にハイテンションなのだが、
本人は気が付いていない。
またろくに寝ていないことにも気が付いていない。
頭の中が興奮しすぎて、眠ることが出来ないのだ。
そういう時はたいてい電池が切れたみたいに、
疲れすぎてチーンとなり、ワーワー言いながら倒れている。
気を失った状態のようにだ。

そんな状態を繰り返して、僕はいつもいつも疲れていた。
睡眠時間は一定せず、食事の時間も決まらず、食べ物もおいしくない。
ワーワー言いながら、片手にパンを持って食べながら何かをしているのだから、
味は二の次になってしまう。
栄養もそうだ。
お腹に入ればいいやという具合になってしまう。

目先の刺激に弱すぎて、誰かに何かを頼まれれば、
それが先にやるべきことでないとしても、
たとえ時間的にこなせないことであっても、
ハイハイと二つ返事で受けてしまう。
結果、優先順位は狂い、死に物狂いでやる羽目になるのだが、
自分で請け負ったことなのだからと意地でもやり通そうとする。

僕はなんとなく、脳の中で何かが大量におかしな放出を
しているに違いないと思っていた。
いつもテンションが高く、興奮しすぎるし、馬鹿みたいに集中しすぎてしまうし、
自分の身体のことを忘れてしまう。
脳だけが、ほら行くぞとひたすら走り続けていて、
身体は、勘弁してくれと休みたがっている。

いつも先を走る脳と、ぎこちない身体なのだから、じれったくて仕方がない。
一致しないので、動きもチグハグだ。だから、倒れるのだ。
怪我もするのだ。熱も出すのだ。脳が働き過ぎなのだろう。
それとついでに、口は脳の手下だと思っている。もっと落ち着け、
と言いたくなるくらいなのだから。

しかし、人間は、脳と身体で人を分けて考えてはくれない。
脳の手下の口が言ったことを、自分の身体がこなせるかどうかは知りません
とは言えないのだ。
そんなことを言ったら信用を失ってしまうだろう。
僕が自分の脳と身体を一致させるためには、
脳のスピードを下げるより無いだろう。

仕事の効率が落ちるからとか、自分らしい発想が無くなるとか、
あれやこれやと以前飲んでいたときの不快感を並べて
今まで服薬をしなかったが、そんなことを言っている場合ではなくなった。
このままでは、僕の身体が先にダウンし、
脳は動き続けてオーバーヒートしておかしくなってしまうと思った。

僕は、医師への不信感もあり、薬を飲みたくないのもあったが、
もうどうしようもないところまで来てしまったので、
素直に飲み始めることにした。
ストラテラとバルブロである。
ストラテラは以前飲んでいたので知っていたが、バルブロは初。
どうかなあと思いながら飲むと、すぐに効果を感じた。

非常に穏やかになったのだ。
なんと恐るべし。
ハイテンションにならなくなった。
そして、思いついたことを以前ならすぐに取り掛かっていたが、
今はちゃんと考えるようになった。
なんだろう、この穏やかさ。
と不思議になるくらいに、心が平穏である。
そして、睡眠もちゃんととれるようになったのだ。

カッカとならなくなったし、無理をしなくなった。
ちゃんと眠くなって寝るので、寝る前に洗顔や歯磨きまでしちゃうのだ。
(以前は倒れていたので起きてからしていた。)
それも自然にそうなってきた。
時間を見て行動しているわけではない。
そして、お腹も空くので、食事を作りさっさと片付けまでする。

仕事も効率的にするようになったし、頭も働く。
なにより、苦手なことをスケジュール通りにするようになったのが画期的である。
後回しにしなくなったのだ。
もちろん、スケジュール管理をするようになったことも
起因しているのだが、明日は何かな?と気にするようになった。
曜日だって頭に入っている。

スケジュールに関しては、支援してくださる方に、
声がけをお願いしたことと、スケジュールのポケットを作ったお陰でもある。
とてもとても便利に使っているので、また紹介したいと思う。
薬の管理もこれでやっている。
まるで、雲がかかっていたものが、一気に晴れたような感覚だ。
世界がまるで違うのだ。

もしかして、皆こんなふうに時間を過ごし、
自分を運営していると思うと、なんてこったと思うのだ。
当たり前のことが僕にはまるっきり出来ていなかったからだ。
とにもかくにも、薬を飲み始めたお陰と支援の手をお願いしたことで、
やっと自分のことをコントロール出来るようになったような気がする。

大袈裟かもしれないが、発達障害をもつ脳を知っている僕としたら、
こうやって薬を飲んだり、支援していただいたり、工夫をして、
やっと一般的な働きをもつ脳を少しだけ見れたことに大感激なのだ。
目の見えない人がはじめて色を見たように。
そして、一度でも見たら忘れないぞと心に刻み込みたいのだ。

少々手がかかるが、通常運転出来るようになった脳と身体を、
僕は大切にしたいと思う。
それと、まだ感覚的にわからない部分もたくさんあるので、
知っていきたいなと思う。
良いところは吸収していきたい。
自分らしく生きることは忘れずに、
自分をしっかりと認めていきたいと思う。
本当に世の中に感謝!

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片付けカテゴリー

僕は何かに没頭すると、時間も忘れて作業してしまいます。
それは、片付けも同じこと。
やるとなったら徹底的にやってしまいます。

それは、躁状態と、過集中が原因だと思うのですが、
思いついてしまうと、本人には止められません。

【2016年7月6日 ツイート】

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またか、と思われるでしょうが、また整理整頓に没頭していました。
今度は、実家の「押入れ」と「モノの居場所を決める」です。
見事に7袋もゴミが出ました。
押入れにはぎゅうぎゅうにモノが詰まっていましたので、いつかやらなくっちゃなと思っていたのです。

まずは、押入れ棚を2×2と、収納ケース10個ほど購入。
そこに、妹が衣替えして置いていった服と自分の冬服を納めました。
それだけでもだいぶすっきりしましたが、まだまだ雪崩が起きそうです。

そこで、モノの居場所を徹底的に決めてラベリングし、不要なものは捨てました。
また、動線も考えて配置したので取り出しやすくなりました。

問題は細かいものです。
今までは、文房具などの日用品があちこちに溢れており、
おまけに使ったら適当に引き出しに入れるので、
いざ使おうと思っても探し出せずにいました。

そこで、僕が探し出しやすいように、根本的に改革しようと、
押入れの半分を小物の指定席にして、カテゴリー分けしたのです。

一般的なカテゴリー分けは、文房具・工具などと大雑把になると思いますが、
僕はあまりにもぎゅうぎゅうに詰めてしまうと探し出せないのです。

探し出せずに、あちこちひっくり返して、また部屋が散らかってしまいます。
そして、探し出せなかったものが無いと思いまた新しく買ってきてしまいます。

今回、あれこれ集めてみると、ボールペンだけで100本近くあることが判明しました。
他にも定規10本、クリップ6箱、ホチキス5本などなど。

いったん無い、という経験をしてしまうと、それが恐怖となり、
買い物のたびに買ってきてしまうのです。

部屋のあちこちに点在させるからこうなるのです。

僕はカテゴリー分けをするにあたり、一般的なやり方ではなく、
自分の認識を重視してやろうと思いました。

鉛筆=文房具、消しごむ=文房具、とやってしまうと、
文房具だらけになってしまい、また探し出せなくなってしまいます。

そこで、そのモノの持つ「目的」でカテゴリー分けすることにしました。

たとえば、鉛筆なら「書く」、消しゴムなら「消す」、クリップは「まとめる」、
ホチキスも「まとめる」になります。また、画鋲は「とめる」、
定規は書くときに使うので、「書く」に分類されます。
セロハンテープは「はる」、ノリも「はる」です。

モノの目的で分類したほうが僕は探しやすいのです。

いつも何かを使いたいとき、何か書くものないかな~?と言います。
それから、ボールペンにしようかな、それとも鉛筆かなと、適したモノを探すのです。

だったら、「書く」という引き出しを作ってしまえば、
そこを見ながら考えればいいやと思いついたのです。

カテゴリーを決めて、モノを納めていくと、このやり方が僕に向いていると痛感しました。
何故ならば、使ったものを戻す時も、どこに戻せばいいのかわかりやすいからです。

ボールペンはどこの引き出しだったのか、数あるラベルを眺めなくても、
ただ、書くという引き出しに入れればいいだけなのです。
これなら、片付けも容易になります。

また、「書く」引き出しがいっぱいになると、書くものはたくさんあるのだと
不安にならずに済みます。
余計な買い物をしなくて済むようになります。

モノの目的でカテゴリー分けをするということは、僕にとって整理する上で、
重要なことだったようです。さっと出せて、さっと仕舞える工夫なのです。

もし、引き出しのゴチャゴチャしたラベルに「セロハンテープ」とだけ書いてあれば、
僕は探し出せずに見逃すかもしれません。

せっかくいくつもセロハンテープがあっても、使わなくては意味がありません。
色分けやモノリスト作りよりも、目的でまとめたほうが一瞬で、
感覚的に見つけられるのです。

僕は最近非常に調子が悪く、家事をしたくても買い物などの
外出が難しい状態です。
このような状態ですから、人の手を借りなくては生活が成り立ちません。

誰かに手伝ってもらうのなら、わかりやすい収納にしようと思ったのです。
日用品で何が不足しているのか、一目でわからなくては伝えられません。

僕は去年から、仕事も買い物も家事も、全部こなそうとしましたが、
結果的に心を壊してしまいました。

人を頼るということは、悪いことではないということも、
自分らしく自分の出来ることをやればいいということも、
病院に行くこともおろそかにしていました。

自分のしんどさを認めなかったのです。

僕なら大丈夫と周囲に言い、誤魔化してきました。
自分に言い聞かせるように、人のため、家族のため、
自分のことは忘れてやろうとしました。

身体がもたずに高熱を出したり、パニックを起こしても止まりませんでした。
とうとう頭がまとまらずにパニックは酷くなり、歩くこともままならなくなりました。

ふと、あ、しんどい、楽になりたい。と思ったときに、
自分が抱えられる重さを超えていること、そして自分を追い詰めた自分のことを、
認めようと思ったのです。腹は立ちました。

家事と仕事を両立出来ない自分、誰かのためにばかりに生きようとした自分に頭に来ました。
何をやっていたんだろうと。

ちょうど一年前の僕とは、かけ離れた自分にゾッとしたのです。
そうだ僕の夢はなんだっけか。

僕の良いところはなんだっけか。
楽しいことはなんだっただろう。

何故それを忘れるように押し込めなくてはいけないのだろう。
それを誰が望むんだろう。

違うんだ、と自覚し、僕は病院に行くことを決めました。

今の自分にぴったりの生き方をしよう。
誰かのためじゃなく、自分のために生きよう。

そうすれば、誰かを助けられる日もくるはずだから。
慌てないで行こう。

もし、誰かを失望させたとしても、それが僕なのだから認めて割り切ろう。
そして、生活の支援を受け入れよう。
僕には支援が必要なんだから。

簡単なことだった。散々、自分を認めなくちゃと言っていたクセに、
言っていた本人が無理というものに、ハマってしまった。

出来ないことを認めない人になっていた。なんてことだろう。
頑張ろうとする気持ちは悪くはないが、我を張ってはいけない。

助けてということは、悪くはない。恥でもないのだ。

楽になりたい。そう思った日から、本当に楽になりつつある。
これからは、生活の支援を受けれるように、家の中も整えた。

病院も行っているし、薬も飲んでいる。
家事は無理をせずに、適当に済ませている。

福祉関係にも連絡をした。
知人にも正直に打ち明けたし家族にもだ。
これからは、無理をしない。

僕は障害を持っているから、出来ないことがあるが、
それを認めるのが嫌だったのだ。

しかし認めて、僕は僕の良いところを発揮していくようにしよう。
モノの整理をしながら、なにも一般的でなくても、
僕なりのカテゴリー分けでいいじゃないかと思った。

モノを使うのは誰?僕だ。生きるのは誰?僕だ。 



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踏んだり蹴ったり

僕の買い物


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今日、念願の冬用のサンダルを買った。とても安く1,500円だったので2つ色違いを購入した。長野は寒いので、今までみたいに夏用のサンダルで一年通すことは難しいと思った。僕はあまり自分のものは買わないので、贅沢だなあと思いながら悩みに悩んでやっと買ったのだ。

もちろん一人で買い物が出来るわけも無く、電話で誘導してもらいながらの買い物である。朝晩が冷え込むので、インナーやチノパン上着トレーナーを色違いでカゴに突っ込んだが、サイズを見るのを忘れていた。これは大変だと服をお腹に合わせてみる。なんだかわからないのでそのままカゴに突っ込んだ。

僕は値段をじろじろ見て、出来るだけ安いものを選んだ。自分に似合っているかを確認するために鏡を探して、服を当ててみるがよくわからない。ただ、服を持っている人にしか見えない。判断出来ないので、おそらく似合っているということにしてまたカゴに突っ込む。冬用なのでカゴがパンパンになる。

カゴが一つでは足りないので二つ目を持ってきてまた突っ込み始めるが、凄い服の山に少し恐ろしくなる。合計額がいくらになるのか予想も出来ないし、計算もしていないし、服がどれくらい必要なのかわからない。このまま会計に持って行かずにまずは吟味しようと、カゴを眺めはじめた。

そこで、電話で誘導してくれている知人が、サイズの見方を教えてくれる。服が自分のサイズに合っているのかを確認するには、上に着るものは、肩に合わせて見なくてはいけないそうだ。僕は「服を当ててみて。」と言われて、お腹に当てていたのでまったくサイズを見たことになっていなかったのだ。

ホウホウと肩に当ててみると、お腹が出てしまっていた。これではサイズが小さい。僕は仕方なく売り場に戻り、同じモノの一番大きい5Lを手にしてまた鏡に戻り、肩から当ててみる。そうすると丈は良いような気がするので良しとした。そこで、自分のサイズは5Lだろうと、全ての服を5Lに変更した。

金額を計算しようと思ったが、既に面倒くさくなりとにかくそれをレジに持っていき会計を済ませると、三万円になった。僕はビックリしたが、レジでゴネるわけにも行かずに渋々と支払う。これで二度と冬服なんか買うもんか、何年でも着てやると心に誓い帰宅する。すぐに新しいサンダルを履きたくなる。

新しいサンダルを履くなんてとっても久しぶりのことだ。僕は仕事以外の服や、サンダルについては無頓着で、着れればいいやという感じなので滅多に購入しない。いつもは入院中の母が買ってくれるが、居ないので仕方がない。とにもかくにも、サンダルの値札を取り早速履いてコンビニに出かけた。

さぁ、新しいサンダルでコンビニに行こうと足を踏み出した瞬間、僕は盛大にこけてしまった。いつものサンダルと感覚が違うせいでうまく歩けず、右の尻と左足をねじってしまい、変な格好でおっとっととなり無様に転んだ。これから仕事だと言うのに嫌になる。少し前にロフトから落下したばかりなのに。

コンビニで弁当を購入してから、事務所に戻り仕事をしていると、どんどんジンジンして来てしまう。最悪だ。痛い足を見てみると、熱を持って腫れているようだ。せっかく自分で買ってきたサンダルだというのに、即効転びがっかりだ。新しいサンダルに慣れるまで時間と歩く練習が必要なようだ。

おまけに、仕事の最中に服のことが気になり、再度袋から出して当ててみると、どうやら大きすぎたようだ。大きすぎる、かどうかは知らないが、知人に聞くと、「おそらくそれではブカブカだ。」だ、そうだ。しかし、大は小を兼ねるとも言うし、まあまあ良しとしよう。そんなわけで僕は足が痛いのだ。終


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僕の恋愛

僕の心配りが足りないと
傷つくのは意味のないことだよ
僕は僕中心でしか
世界を見れないんだから
お願いされても出来ないよ
心の中からもわき上がってこないよ
何かをしてほしいのなら
僕からの言葉を待たずにぶつかってくる方がいいよ
それが出来ないなら
僕は永遠に君を理解出来ない


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久しぶりにブログをUPします。
僕は先週、ツイッターで、結婚することをツイートしましたが、
去年12月は、こんな風に恋愛について考えていたんですね。
UPし忘れていたのでそのまま投稿します。



アスペルガーだって、ADHDだって、サイコパスだって、
発達障害を抱えていても、そりゃ恋愛のひとつくらいはするだろう。
現に結婚している人だってたくさんいるのだから。
そういう人が居ることは知っているし、
温かな家庭を築くことだって不可能じゃないだろう。
難しいことではない。

ただし僕は難しい。
今までだって散々相手に言われて来たよ。
僕を理解することは難しいことだとね。
そもそも、理解だなんて僕は求めていないし、恋愛って何!?って感じだよ。
大抵、僕はわがままだと身勝手だと言われて全部僕のせいになるんだから。
だったら一人で居た方がマシだよ。
気遣いなんて無理。

家族への気遣いは出来るよ。
敬って身体の心配をして、心のケアに気を使えばいいのだから。
それは家族だから出来ることであって、
女性にもしなくっちゃいけないってことなんだろうけども。
僕はそこまで頭が回らないよ。
何しろ、僕はドSだしね。
そんな気はさらさらないのだから。
する気が起こらない。

こんなこと一気に反発されそうだけれど仕方がないよ。
僕の特性に大いに関係しているのだから。
わざわざそうしているわけでもないしね。
家族へのケアは無理してやっているからね。
それは家族との関係を良くするためだから。
何故家族には出来て女性には出来ないのかってところが問題なんだろうけど。

僕にとって、家族はまだ僕の面倒やいろいろ教えてもらったりしなくっちゃいけない存在だからね。
僕が折れる意味もあるでしょう。
でも女性に対しては僕は折れる意味が無い。
別にお世話にもなっていないし、利害関係じゃないのだからね。
もし、僕のことが気に入ったのならそれは相手の感情なのだからね。

僕には、相手の女性に自分を好きになってもらおうっていう感情は欠落しているんだよ。
どう考えても振り絞ってもそれは出てこないよ。
相手に感情を求める気持ちがゼロなんだから。
気に入ってくれるだけでいいんじゃないかと思うのだけど、それじゃあ駄目らしいね。
無いのに要求する方がおかしい。

わがままで自分勝手で世界の中心は僕です的な男じゃ、恋愛なんて遠くのことだよ。
まるでファンタジーにさえ見えてしまう。
たとえばね、僕に「好きだ。」って言うでしょう!?
でもそれだけでいいじゃない?
僕は「ああ、そうですか。」でいいよね。
相手は僕が好きっていう感情があると判明したのだから。

それなのに、何故僕が相手を好きにならないと悪なのよ。
もし、好きの部類に入って欲しいのなら、僕のわがままに振り回されるしかないよ。
それは、僕は都合良く僕の遊びの相手をしてくれる人を好むからだよ。
当たり前だと思うけれどもなあ。
対等な立場でやろうとしても僕には無理だってことだね。

ただ、女性の身体や顔や性格を見たり知ったりするだけで、好きになるわけがないよ。
色仕掛けも無意味だから。
僕にとってはそこはどうでも良いことだしね。
肝心なのは、僕の言うことを聞いてくれることなんだし、
一番に考えて実行してくれることなんだから。
好きになるよりも、従ってくれることだね。

僕の特性を理解したうえで、僕に近づかないと、傷つくだけだよ。
ショックを受けるよ。
もしも、
「付き合っているうちに、関わっているうちに、僕が変わるかも。」
だなんて期待していたらとんでもないことになるよ。
変わるわけがないでしょう。
女性に対しては僕は支配することしか頭にないからね。

だからこそ、「家族」とは違うんだよ。
僕は家族を支配する気が無い。
そう思っていた時期も小さい頃はあったけれど、徹底的に修正されたからね。
僕もそれは修正されて良かったと思う。
家族に対しては、利害関係があるのだからね。
僕はおとなしくしておいたほうが自分のためになるものだから。

家族とは、永遠に利害関係は消えないだろうね。
僕はそう思っているよ。
普通は信頼関係とか言うのだろうけれども、確かにそれも一理あるし、
僕にだって多少芽生えているのだろうけれども、ただし、維持をしなくっちゃ駄目なものなんだ。
家族だからって、絶対に僕の敵にならないとは限らないでしょう。

家族であっても、手のひらを返すことだって想定しておかないとね。
世の中そんなこといくらでもあるじゃない。
お金が絡んだり、遺産相続とかね。何もおかしなことじゃないよ。
いやらしいことをって言うかもしれないけど、それが現実なんだから。
血を分けていたって、他者には変わりがないんだから。

双子の兄弟であっても同じ。
サイくんがいつ敵になるかなんて先のことはわからないよ。
それでも、利害関係があるうちはそれにそって行動するよ。
どれもこれも、自分のためなんだから。
家族だってそんな風なのに、女性に対して「好き」や「信頼」が湧いてくるなんて、大したものだ。
僕には理解出来ない。

同じ発達障害であっても、僕は極端なんだよ。
いつものツイッターでの僕は優しく家族に接しているように見えるでしょう?
もちろん、あれが本当なんだけれどもね。
だからといって女性にはそうはしないよ。
扱いがまったく違うんだから。
でも、もしも僕が相手の「本気」を理解したら余裕は出来るはずだよ。

僕は通常の恋愛は一生わからないよ。
その感情が無いんだから。
ただ、僕が思うに僕が好きになったり、愛することがあるとしたら、完璧な「条件」があるってことだよ。
それなしでは発生しない。
これはどうにも変えられないよね。
僕は、脳の中で感情がくっつかないから感情は出ない。
求めないでほしいよ。

僕だけがこう思っているわけじゃないと思うけど、
それでも、結婚している人がいるのだから、世の中面白いよね。
結婚だけじゃなく、恋愛もしている。
自分を捨ててまで、我慢してまで、苦しいために恋愛をするだなんて、
理解は出来ないけど、それが生きるためのものなら悪くはないだろうね。

一人で生きて、一人で楽しんで、寂しくなったらその時だけは、誰かに相手にしてもらえばいい。
そんな人生で僕はじゅうぶん。
自分勝手で良いと思う。僕らしいからね。
普通の恋愛を求める人には僕は酷だよ。
最悪な相手だよ。
自覚しているから、迷惑かけないように、僕は一生結婚はしないつもりだよ。

だから、僕のせいで苦しむことは無い。
僕のことでおかしくなる必要もない。
僕はまるっきり他意が無いんだから。
ただ、楽しめればいいだけの男なんだから。
僕を求めるのなら、条件をのまない限り無理だもの。すっきり爽やかでしょう。
身勝手もたまには良いものだよ。
シンプルだからね。

僕は女性を牛耳ろうとするし、束縛なんてレベルじゃないよ。
中途半端な場合は、僕の手は緩みやすくなるよ。
関心が無いからとかじゃない。
支配しにくいからだ。
すべて特性故だよ。
これは思考回路だから変わらない。
ただし固執はしない。
離れれば僕は追いかけないよ。
脳を変えない限り治らない。

そんなんで一人ぼっちになって、寂しくないのかってのは愚問だよね。
寂しいのがわからないから。
つまんないってのはわかるよ。
だから相手にしてくれとは言うと思う。
そして、心を込めたプレゼントだって、思いだって、僕には重さがわからないんだよ。
物の価値しかわからない。
心は見えないからね。

人を操るときには、心の動きを見るくせに、人の感情は見ない。
これなのよ。
僕にとって、感情はまるでいらないものだから。
価値を見いだせないんだよ。
何故って、感情ってその時のものでしか僕にはわからないからだよ。
楽しいとかね。使い捨てなのよ。
先々の感情まで保証するほうが意味わからない。

女性は繊細だし、優しくしたいという心があるし母性だってある。
それは素晴らしいことだよ。
僕のような思考の男には関わらない方が良いと思うよ。
潰されてしまうかもしれないし、メンタルが強くないと波に吞まれるよ。
サイコパス脳の男に求めても駄目だ。
もっと優しい男もいっぱいるのだから。

僕はじゃあどうするかって!?
僕は、ただ楽しむだけだよ。
快楽もそう、心は置きっぱなしでも良いから、相手にしてくれる人と遊ぶだけだよ。
今を楽しめばこれ以上の幸せは無いからね。
そして、その一瞬は、傍に居る人を大切にするだろう。
一瞬の繋ぎ合わせが未来まで続くだけだよ。
それだけなんだよ。




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