発達障害なう

ツイッターで、投稿したものをコピーしてあります。

家族

【ご注意】このブログ(ツイッター含む)の文章の内容は、僕が障害を乗り越える過程です。現在進行形ではありますので、人によっては不快に思ったり、障害当事者の方は、フラッシュバックを起こす危険性もあります。文章で生々しく当時のことを再現しておりますので、閲覧される場合はじゅうぶんご配慮の上、自己責任でお読みください。また、自傷などは、一切僕はしておりません。
また、このブログに書いてあることは、あくまで、一障害者の発言であり、専門家の意見ではありません。僕の発言だけを鵜呑みにすれば、危険をともなうことになりかねません。そして、僕の文章は、全てを網羅するものでもなんでもありません。そして、発言内容を他者に押し付けるつもりもございません。その点、ご留意の上、お読みくださると幸いです。
【自己紹介】ADHD アスペルガー症候群 強迫性障害 反社会性人格障害 10才で診断。双極性障害は19才で診断。 小1からの出来事をツイートしています。発達障害関連無言フォローします。愛の手帳4(療育手帳B2)障害者手帳1級取得。精神年齢11才。亡母がアスペルガー・ADHD、現在19才。フリープログラマー♂ 2015年6月9日スタート

妻との馴れ初め

2014年。
18才の頃の僕はいつも不安を抱えていた。
その不安はたくさんあり抱えきれなくなっていた。

自分が発達障害であり、そのため自分自身がコントロール出来ないこと。
人とのコミュニケーションが取れないこと。
養護学校(特別支援学校)の高等部を結局3年間通えなかったが形だけ3月に卒業していよいよ外との繋がりが無くなったこと。

妹を高校卒業させてやらなくてはなからないこと。
そして大きな問題。
最愛の母の病状が思わしくないこと。
双子の兄、サイくんが精神的に不安定で引きこもっていること。
兄も僕と同じく発達障害であり、いや僕よりも自分をコントロール出来ないでいた。

そんな時に、何か手掛かりはないものかと始めたのがツイッターであった。
18才の梅雨の時期、ツイッターをはじめてすぐに、僕は相手の言っていることが理解できずに悩み始めた。
何について質問されているのかわからなかったり、その言葉の中に悪意があるのかわからなかったのだ。
下手すると全てを悪いものと捉えてしまい、すぐに噛みついてしまっていた。
フォロワーさんは、少しずつ増え始めいつも声をかけてくれる人が出来始めた。
その中で、僕はなんとなく「この人なら話を聞いてくれるんじゃないか?」という人に初めてこちらからDMをしてみた。
その内容は、この人は何を言っているのか教えてほしい、というような内容だったと思う。
僕はその当時、DMでサイコパスについて批判されることも多く、なんとなく悲観的だったと思う。

もちろん、その時点でその人が男性か女性かいくつのひとなのかなんてわかる由もない。
その人は丁寧に親身になって教えてくれた。
その人はスイと言う。
僕はスイに教えられて安心した。
ありがとうを言ってDMから離れたが、もっと話したかったなと思った。

翌日も僕のツイッターは荒れていた。
僕は当時どんなに忙しくても全員にコメントを返していたし、じっくり考えていたのでいちいち時間がかかってしまっていた。
ツイートも、僕が言いたかった部分にどんどん迫り、楽しくて仕方がなかった。
スイにそれを言いたくて、我慢はしていたんだけれども、またDMしてしまう。
すると頑なな僕が不思議に馴染んだ様子で話せて、気分が良かった。
それからは、毎日DMで話すようになった。
そして毎日DMで話せないとつまらなくなるし、字数制限かかった時にLINEを教えた。
そうこうしているうちに、スイと電話で話したくなる。

ちなみに僕は案外フランクな性格だ。
ツイッターの中でも電話でなら話したことがある人も多い。
きっと暗い人なのだろうと思った人は驚くだろう。
早口でトーンの高い声の男なのだ。(話し方が若いとは言われる)

いつも僕を助けてくれるスイとならきっと楽しく話せるのだろう。
電話をしてみると思った通りテンポ良く話が進み楽しい相手だった。
それからはいつも電話で話をするようになった。

季節は夏になっていた。
それにしても電話では、不思議なことがあった。
スイは僕がどこに住んでいるのか、どんな人なのか聞きもしなかったのだ。
僕の方がいちいち興味を持ってあれこれ聞いていたというのに。
ある日あんまりなので、聞いてみたら
「あ!」
と、スイは言った。どうやらすっかり忘れていたようだった。
そういえばいつも自分のことばかり話すスイ。
おかしいな、この人も何かあるのかなと今までの話を思い出してそう思った。
異常にそそっかしいこと、落ち着きがないこと、思い込みが激しいことなど。

面白いことに、僕が出来ないことをスイは得意としていて、スイが出来ないことを僕は得意としていた。
年令は初めから知っていた。
27才年上なことも、離婚はしているが子供がいることも知っていた。
年上なことは大歓迎だ。
同じくらいの年の人とはなかなか今までもうまくやれなかったので、かなり年上の方が素直になれた。

しかし、子供となると、僕にはどうしたら良いのかわからない。
僕は諦めるよりないのかなとも思ったが、何か策はないかなとも思った。
すっかりスイとの将来を(勝手に)考えるようになってしまっていた。

そこで考えたのが、子供と仲良くなること。
スイの良き旦那さんになること。

電話をしながら子供のことをアドバイスしたりした。
子育ては女性一人では大変なこともある。
そんな時には僕は一緒に良い方法を考えて、まるで自分のことのように考えた。

そして母が48才で急逝。
ショックのあまりツイッターも少し休んでしまった。
この時もスイにかなり支えてもらった。
もちろん、ツイッターのフォロワーさんには、物凄く支えてもらった。
僕は皆さんがいなかったらこれを乗り越えていたのかもわからない。
本当に感謝しています。

そして冬になろうとしている12月。
スイに花束を贈りメッセージカードにとても今では赤面で言えないような文句を吐くのであった。
そのカード、まだスイは大切に残している。
捨ててくれないかな・・・。

2015年。
年が明け、物事は急展開する。
子供は元旦那さんのところに引き取りたいという裁判が起こされそうになった。

僕は子供を引き取っても良いと考えていたので行方を見守ることにした。
そして2月こっそりスイの住む高知県の四万十市に会いに行った。
本当に衝動的に行ってしまった。
やはり子供には会えなかったが、スイの家も見れたし一緒に四万十川も見れたので感激した。
そして何よりも、スイに会えたことは嬉しいの一言であった。

初めて会った待ち合わせ場所にスイは5つも6つも荷物の袋を持って来た。
僕はその姿を見て面食らった。
転がるようにして大きな荷物を持つ人・・・。
変な人だな、とそう思った。
中身は僕への手作りのプレゼントばかり。
それと、これはもう僕今でも忘れられない。
お弁当・・・。
母が亡くなったばかりだったので、これにはノックダウン。
泣きそうになりながらお弁当を食べました。
そして、僕は絶対にスイを大切にしようと心に誓ったかもしれない瞬間でした。

そしてそれから丸々半年くらいたって、子供の親権について裁判などでガタガタし結局スイは負けてしまいました。
この裁判の間に僕は実際に子供達と関わり子育てを経験するのです。
子供って可愛いですね。 
貴重な経験をさせてもらいました。
これについては、また後程書きたいと思います。

2016年
母の一周忌を終わらせてから12月の僕の誕生日に、僕はスイと結婚しました。
出会ってから2年でした。

結婚してから、スイはADHD/アスペルガーだとわかります。
まあ、そんなことは僕には関係ないんですけどもね。
要は、お互いがお互いを思いあっていられる関係だからうまくやれるんだと思っています。



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微笑みの仲間

【ツイッター 10月13日】

町の風が冷たく吹いて
家々に灯りがついても
帰る場所は自分の心だけ
風に吹かれて
涙はポロポロと落ちる
傷をつけたものは
その傷の倍苦しむのか
僕の席は失われて
不要になった
壊れた椅子は
裸の王様の椅子だ
それでも僕には僕の愛がある
それだけは無くならない
また愛せばいいさ


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いつまでもいじけて家族のことばかりに、囚われていてもよくないので、
自分に集中することにした。
むしろ、放っておいてもらえるチャンスだと思う。
これからも、仕事して、しっかりと足を前に出そうと思う。
もともと一人で居ることが好きだったんだから、
元通りに時間を楽しめるようになっただけだ。

昨日ぐっすり寝て起きたら、心が軽くなっていた。
僕にエールを送ってくれるたくさんの人、周囲の支援してくれる人、
そのいただいた栄養がきっと僕の目を覚まさせてくれたんだと思う。
家族とのことは、良い勉強になったと思う。
人は自分の思い通りに行かないということ。
相手にも心があること。

僕が家族に暴言を吐いたことは事実だし、
これはずっと抱えながら反省していかなくてはならないと思う。
無理に修復しようとは思わず、ただその反省を活かしていく
姿を見せれば良いのだとわかった。
母を亡くしたことで、僕は兄妹に勝手に世話を焼き、突っ張っていたのだ。
お願いされたわけでもなかった。

本当は皆で助け合えば良かったのだ。
母を亡くして辛いのは、皆一緒だ。
それを、何とか母がいない穴を埋めようと必死になりすぎてしまった。
いつの間にか勘違いをしてしまった。
そんなことを母は望んでいなかったはずだ。
僕は平気なふりをして、感情を押し殺してしまった。
心配されることが嫌だった。

妹は、僕を心配してくれたのに、僕はそれが嫌で暴言を吐いてしまった。
最低なことをしてしまった。
自分勝手だった。
妹のLINEのアイコンが昨日ふと変わった。
自然の中、樹々の前で微笑む妹とサイくんの顔だった。
二人とも爽やかな笑顔で僕を見ていた。
仲の良い兄妹は、僕を見ている。
そう思った。

僕はその笑顔を愛しているのだと、やっと気が付いた。
何よりもすべてのことから守るために、自分を殺していたのだった。
しかし、それはやり方を間違えていた。
本当に愛するのなら、自分らしく愛せばよいのだ。
そして、助けてほしいときは、お願いすればよかった。
家族だからこそ、頼るものなのだ。

自分一人だけで生きていこうだなんて、
ネットに繋がっていないパソコンのようだ。
孤独で誰にも知恵を借りれずに、黙々と頑張らなくてはいけない。
刺激もないだろう。それでは、成長せずにいつかは頓挫してしまう。
ネットワークに頼り、助かったのならば、
素直にありがとうを言い、自分も人を助けるのだ。

人に頼ることは、自分から逃げることでも情けないことでもない。
相手に迷惑をかけているわけでもないのだ。
孤独に一人で頑張ってきて倒れてしまったら、
ゆっくり休み自分の力を回復してから、
次は周囲の人の手を取り求めればよいのだ。
それは勇気のいることだが、自分を強くするためには必要なことだ。

孤独な人が強いわけではない。
本当の強さは、周囲の人を頼る強さを得ている人だ。
その強さの中には、相手への感謝の心や、
助けてくれる人の良いところを発見でき、発揮できたり、
引き出したり出来ることも含まれている。
自分だけではなく、たくさんの人の力を喜びとともに得ることが出来るのだ。

助け合いとは、なんて素晴らしいことなのだろう。
そして、何故気が付かなかったのだろう。
自分の感情を殺し、立つことばかりに必死になっていたせいで、
いつの間にか疲れてしまい、孤独に追いやってしまっていた。
僕は強い人になりたい。
それならば、家族や周囲の人と助け合って生きていこうと思う。

LINEのアイコンでは、樹々に囲まれた妹と兄の顔が、
変わらず爽やかに微笑んでいる。
支えあうことの大切さ、幸せと喜びを、
その目は教えてくれているようだ。自然にいこう。
そう語りかけてくる。人は一人では学べないし成長出来ない。
僕もいつか、その樹々の中で微笑む仲間になれると信じている。



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人への不信感

【ツイッター10月13日】

今でも人への不信感は消えてはいません。
もともと人間不信で苦手だったのに、味方だと思っていた家族から
受けた仕打ちは、僕には大きなショックだったからです。
それが自業自得だと言っても、騙されたような感覚は今でもゾッとします。
結果不安定になってしまいもう二か月まともに仕事が出来てません。

僕が家族からはじかれて一人だけ旅行に連れて行って
もらえないなんてことを、まったく知らないでいたころ。
家族は着々とどこに行こうか観光の計画を練っていたに違いない。
そして、皆で示し合わせてかん口令が敷かれたのだ。
そうとは知らずに僕は日々、
自分のしてしまった暴言の数々を悔いていた。

毎日が辛くて、落ち込み死にたくもなったし、
実行しようかと彷徨ったりもした。
思いとどまり、病院に行き、
担当医にやらかしてしまったことを話したりもした。
薬を増やしてもらったりしたが心は穴が開いたまま脱力し、
仕事が手につかなくなった。
頭も回らなくなり、食べ物の味もわからなくなった。

生きて乗り越えようとしたが、力が入らず、陰湿になっていった。
人への不信感は悪化するばかりだった。
否定的なことばかりを口にする僕に
「そんなことはないよ。」
と慰めてくれる人もいたが、信じられず嘘ばかりだと思っていた。
常に怒りを持ち、人を疑った。
まるで昔の僕が戻ったようだった。

僕は連絡のつかない人だ。
仕事のやり取りはメールで済ましてしまうし、電話に出ない。
LINEも滅多に見なかったりすることが多い。
そのせいで僕が苦手とする人物が
僕にコンタクトを取れないので困り果て、妹に相談してしまったのだ。
ある日、僕の仕事前に突然苦手な人物と妹が乗り込んできた。

妹だけ来るはずが、二人で実家に来られてしまったので、
逃げるわけにもいかず、僕は固まってしまった。
会いたくないから連絡をしないのに、なんて図々しいのだ。
妹を使うとは酷い話だ。僕は頭に来た。
しかも仕事前だ。集中が途切れてしまう。
それを話してお引き取り願おうとすると、妹は切り出した。

「前にもそう言って時間作らなかったよね。
忙しいとか言って。
でも、あの時は忙しくなかったじゃない。何故嘘を付くの?」
そりゃ会いたくないからだし、
人に会う気持ちに余裕がないからだと応戦するも、
嘘つくということに妹はこだわり始める。
そして、僕が、だからってこんなやり方は卑怯だと言った。

すると妹は
「こうでもしないと会わないでしょう。
今日ははっきりしてもらおうと来たの。」
はっきりも何もない。その苦手な人は営業をする人であり、商売なのだ。
それをわざわざ、妹に言われる筋ではない。
そもそも妹に頼むのもおかしい。
「本当に僕が何も事情も無しに嘘を付くとでも?」
と聞く。

すると妹はこれから何年も、
僕が目に焼き付くであろう冷たい顔をして、
「嘘を付いたからね。信じられない。」
と言ったのだ。
世の中で一人ぼっちでいる感覚を持っていた僕は、
発達障害だとわかり、家族の手を借りて心を育んできた。
それなのにやっと信頼出来ると思った仲間が
一瞬で消えてしまったのだ。

今目の前で話しているそれまで可愛いと愛していた妹が、
実は家族以外の僕の苦手な人物と知らないところで、
仲良くしていたのである。
妹はその人のために、僕をだまし討ちしたのだ。
そして、僕を嘘つきだと。
急に目の前が暗くなってしまった気がした。
信じていた人から裏切られたと気が付いた。

まるで突き放すように。
繋がっていた手を振り払うように。
僕は暴言を吐き始めた。
「僕はちゃんと今日、この人にLINEで返事をしている。
それなのに、返事がないだの連絡が取れないだの、ふざけてんのか。
見てみろよ。
でもどうせ信じられないんだろう?
何ていたって僕は嘘つきだからな。」

「迷惑なんだろう、はっきり言えよ。
僕が障害があるからといって、関わりたくないんだろう。
人に会いたくないときなんて山ほどあるんだ。
だから嘘つきになるんだ。」
横から苦手な人は、僕の剣幕に驚いて
「いやいや言いすぎでしょう。あ、本当だわ。LINE見ていなかった。ごめんなさい。」

「ごめんなさいじゃないよ、ちゃんと確認してからこういうことはやってもらいたい。」
と僕は言う。
「で、障害の症状だったりいろいろあるんだけど、嘘つきなわけだから、
信じられないんだろう。」
と言うと妹は
「いや、障害のことは理解しているつもりだけど、
何でもかんでも障害のせいにしたんじゃ。」

妹は涙目である。
それを見ているのに、それに騙されるものかと僕は言う。
「そういうよね障害に甘えているとね。
理解してもらおうとは思わないよ。
信じられないなら結構。二度と信じなくていい。
僕も信じない。」
もっと酷いことを言ったと思うが、こんなような会話だった。
二人は帰り、僕は仕事をした。

頭の中はまったく整理もつかず、衝撃で体が震えて仕方がなかった。
信じていた人、可愛がった人に、突然敵に寝返られ襲われたショックである。
心の扉がまた閉まる音がした。
自分を守らなくてはいけないからだ。誰も信じてはいけない。
やはり信じてはいけなかったのだ。
致命傷に等しい痛みだった。

僕は途中、妹が僕を心配だからと言った言葉にもカチンと来た。
心配無用!と言い切った。
今思えば馬鹿なことを言った。
しかしあの時は真っ暗になってしまい、ものを正しく見れなくなっていた。
完全に見失い一方方向からでしか人を見れなくなっていた。
信じる心を先に失ったのは僕だったのかもしれない。

あれから、冷静になり妹に謝罪するも、受け入れられずに今に至る。
そりゃそうだろう。
信じていた人に裏切られたのは、他でもない妹なのだ。
泣かしてしまい大きな傷をつけてしまった。
僕はもっとうまくやれただろうに。
人への不信感が変なところで蘇ってしまった。
心に余裕がなかったせいだ。

生まれてはじめてたくさんの謝罪をして、時間が欲しいと言われればその通りにした。
いつかわかってもらえるかと、悶々としながら日々を過ごした。
ツイッターにも書けなくなり、仕事もおろそかになった。
家族のパワーが僕の源だったんだと改めて知った。
廃人のように、ぼんやり過ごした。

心の底から笑えなくなり、涙がいつの間にか出るようになった。
自分が悔しくてたまらなかった。
そうして過ごしていたら、一度だけ妹の姿を見れたことがきっかけになって、
ツイッターを再開しようと思った。
心の中はダークなのに、空元気だった。
何かきっかけや学びも欲しかったのかもしれない。

ツイッターは自分の心を整理することが出来る良いツールだ。
それを知っていたが、僕はそこまでなかなか回復しなかった。
ようやく、ツイートしながら整理をして、自分がどこで引っかかっていたのかわかった。
人への不信感は、恐ろしいものだ。
僕は一番信頼している人に裏切られたと思い、自滅したのだ。

僕が嫌悪した本当の原因は、苦手な人だったのだ。
人の都合など考えずにグイグイと平気で押しかけてくる、
お金儲けばかりの姿が嫌で仕方がなかったのだ。
その嫌悪のせいで、頭にきて怒り、冷静さを失い、
妹も勝手に味方になった、グルだと思い
あろうことか大切な妹に攻撃してしまったのだ。

妹はただ、相談されて役に立とうとしただけなのだろう。
そして、僕の性質をよく知っていたから、
確実に引き合わせられる方法を実行しただけなのだろう。
苦手な人もそうだ。
LINEを見なかったことは仕方がない。
僕のレスが遅かったせいだ。
それに話すならちゃんと話す約束をするべきだった。

僕はやらかした上に、さらにやらかしたことになる。
そして、信頼していた人から嫌われその衝撃から人間不信となり、おまけにトドメを刺された。
家族から仲間外れにされてしまった。
それも全て僕の余裕の無さから来たことだ。
人を頼らずに、一人で生きていけると勘違いをしていたからだ。

家族が僕にした仕打ちは、それ相応なものだと思う。
今はそれも理解できる。
妹の心を思えば、当たり前のことだ。
僕はそれだけのことをしてしまった。
出来ることがあれば何でもしたいが、今は僕がいない方が安定するのなら、その方がいい。
ツイートをしながら様々な人の意見を聞き、やっと目が覚めた。

フォロワーの皆さんには、たくさん励ましてもいただき、
とても感謝しています。
そして厳しい意見を何一つ言わずに見守ってくださること、感謝しています。
そういえば、母を失った時に無理をしないように、
アドバイスをいただいたのに、僕は耳を貸さずに走り続けてしまいました。
本当に申し訳ない。

無残な姿でヨロヨロとまたツイッターで、
ブツブツと心の整理をしに舞い戻ってきましたが、
それもあたたかく迎えてくださったことも感謝しています。
これからも、ツイートをしますが、今度こそ意見をきちんと聞き、
取り入れたいと思います。
僕はまだまだ未熟なようなのです。
よろしくお願いします。



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七夕の短冊を書く

ツイッター始めてから二回目の七夕を迎えた時のことです。
珍しく、サイくん(双子の兄)と話をしました。

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七夕にみんなで願い事を書いた。
ひとり2枚ずつ短冊を配った。
兄が素直に書くかわからなかったが、これに書いてと知らせるメモとともに、
兄の席に置いておいた。
その短冊はいつの間にか無くなっていた。
僕は仕事のことを書いて、
妹は「お金に困りませんように」とか
素敵な彼氏が…とも書いてあった。

何日か経っても、兄は短冊を書いて寄越さなかった。
わざわざ持って行ったのだから、何かしら書くつもりなのだろう。
急かしてもいけないからと、特に何も言わなかった。
小さい頃、七夕に天の川の話しや、ひこ星とおり姫の伝説を聞いて、
一年の中で唯一、宇宙や星に願いをこめる日なのだと思った。

兄と僕は、宇宙の話が大好きだ。
よく母にねだって、他の星の話しをしてもらった。
本もたくさん持っていた。
兄と二人で覗き込み、宇宙はどうなっているのか想像したりした。
宇宙は無限に広がっていているけど、宇宙の端っこはどうなっている?
もし広がり続けるのなら、大きくなりすぎてしまう。

「まるで風船みたいだな。」
と兄が言う。
僕は、まあるい風船を思い出す。
そして、
「風船のようなら、いつか外側が耐えきれずに割れてしまうんではないか?」
と僕が言う。
兄は、
「外側次第ってことかな。」
とうーむと考え込む。
じゃあ宇宙の寿命を知るなら
外側を知らなきゃわからないじゃないのか。

宇宙の外側宇宙の皮。
風船ならゴムの部分。
ゴムの部分の外には、空気がある。
ゴムが伸びて耐えれなくなると、風船は割れる。
「要するに、ゴムの耐久度と、さらにその空気の部分が問題だ。
もし、無限の耐久度なら、永遠に宇宙は広がり続けるし、
耐久度があるなら。」
僕と兄は顔を見合わせ黙り込んだ。

兄はふざけて
「ドカン!」
と言った。
「そうだよ、そのとおりさ。いつか宇宙は爆発するかもしれないぞ。
そして、何もかも飛び散ってしまうんだ。」
僕はそう言いながら、
宇宙風船説をもっともらしく見せるために、空に手を広げた。
兄はその手を振り払いながら
「いつ?おいそれ、いつなんだよ。」

僕は学者のように口を一文字にし、腕を組んだ。
「さあなあ。明日かもしれないし、明後日かもしれないし。
何億年も後かもしれない。
残念ながら、宇宙風船の強度まで人間は知らないんだよ。」
と言い兄をチラリと見た。
「なんだわかんねえのかよ。宇宙人に聞くしかねえな。」
まったくだと僕も同意した。

兄は、七夕の短冊を渡してから数日後、
テーブルの上に短冊を並べて寄越した。
兄にも七夕の星に願う気持ちがわかったのだろうかと思うと僕は嬉しかった。
二枚ともぎっしりと願い事が書いてある。
丁寧に何回も書き直したのだろうか。
ネットで文字を調べたのか、漢字を使って正確に書いてあった。

その短冊には、
「いろいろな星に行きたい。」
「無限の寿命が欲しい。」
「創造空間を作りたい。」
など、難しい言葉で書いてあった。
兄は、宇宙の果てを知りたいのだろうか。
それとも、星について興味があるのだろうか。
兄は地球の中では、
「外に出て何があるっていうんだ。何もない。面白くない。」

「それよりも宇宙でいろいろな星を知って、
いろいろな考え方とか知恵があることを見たい。
この星(地球)は合わない。
合うところに行きたい。合わせようとも思わない。
探すのもいい。それが駄目なら作るしかない。」
兄は本当に小さい頃からそう言っていた。
その願いを今でもずっと抱き続けている。

「間違えて生まれたんだよ。それか勉強するためか。
地球を見てから、僕は還るんだよ星に。」
そう言う兄はいつも遠くを見ている。
「僕は何故ここに生まれたんだろう。つまらないことばかり、
刺激が煩いばかりの地球は、暇で仕方が無い。」
そう言う兄を僕は、
「まあまあ、もうちょっと付き合ってよ。」

そう宥めている。
七夕で願いを書く兄は真剣だ。本当に叶えて欲しいのだ。
しかし、それを自分で叶えたくとも、
「一身上の都合」で出来ないのだ。
「僕は、この地球は鎖だらけで不快なんだよ。
何もかもが鎖で縛られている。
がんじがらめだよ。
いっそのこと鎖は外せばいいのに。
それがわかってない。」

今まで多くの人々が暮らしてきた地球では、
見えない鎖がはびこり、そしてもう開拓するところが無いくらいだ。
人はうじゃうじゃと生息し道を作っていく。
「道は自分で作るもの。誰かが作った道じゃなく。
それを今の地球では、実感出来ないから、人は劣化していくんだよ。」
ああー嫌だねえと兄は嘆く。

「だからな自分で創造するんだよ。自分の世界や道を。
そうしたいと願うことも無いヤツは、人の作った道でもがけばいいんだよ。」
兄に言わせると、地球は既に自分の作りたい道を作る場所も無く、
おまけに鎖で縛られてしまい、
どうにもならないので興味がないのだそうだ。
「と、なるとどうなるんだよ。」

「地球を廃棄処分さ。それしかないだろう。
それが嫌ならリサイクルにでも出すんだね。」
ホウ、と僕は唸る。
「リサイクルなら実に良いじゃないか。
新たなよりよい形に再生するんだよ。」
兄は、アッそうか、と言って考え込んだのか黙った。
そして、いつものように、ピョンピョンと走り去って行った。

その前に
「おい、これから地球のリサイクルのことを研究する。」
と言いドアを閉めた。
僕は
「ああそうだな。」
と兄を見送った。
地球で何をするのかわからない兄も光が見えたかもしれない。
七夕の笹が揺れて、短冊があちこちに向いた。
兄弟でも道はそれぞれ
見るところが違うんだと言っている気がした。



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支払いストレス

2016年7月1日 ツイート

iPhoneは充電が切れて0パーセントになってしまうと、
慌てて充電してもすぐに立ち上がらない。
まだ、何パーセントかあれば、充電さえすれば継続して使えるんだけど。
僕も同じで、パワーが0パーセントになってしまうと、回復するのに時間がかかってしまう。
シャットダウンしたままになるんだ。

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今日は、めちゃくちゃ元気になりました。
薬がこんなに早くに効くのかな?
わからないけれども、
ジャンプしたいくらい活発です。
そして自宅に来ています。
父が滞在した後の確認と、掃除、ゴミの片付け、光熱費等の支払いの確認をしました。
6月は、22,259円でした。毎月3万以内で収まりそうです。

自宅は、吸い殻ビールゴミ放置、布団だけは畳んでありました。
観葉植物は枯れ気味。
メダカは元気でしたので、ほっとしました。
水を足してやり、エサをあげました。
全室掃除換気し、嫌な臭いを追い出しました。
今日は暑く32度です。
汗がダラダラ垂れてきて、気持ちが悪いのですが、ぐっとこらえます。

光熱費の請求もポストにそのままでしたから、
整理しノートにつけました。
父も世話になるのだから少しは、使用料を置いて欲しいものですが、
本当に三千円しか机の上に乗っていませんでした。
さて、掃除も終わったし、実家に戻ります。
仕事をしなくては!

おばあちゃんが「猫の砂買って来てと言ったでしょ!」
とか「今月の猫部屋清掃代まだなの?もう1日なんだけど!」
(猫部屋清掃代毎月5千円支払っている)
と叫ぶから怖くて
「今精神的に不安定で具合が悪いからワアワアと要求しないで。」
と言ったら
「そんなこと言ったって。」
とまだワアワア言う。

僕が
「朝支払おうと思ったら、もうおばあちゃん居なかったよ!
そのへんお金置いておけないから、帰宅したら渡そうと思ったのに。」
と言うも、ワアワア言う。
仕方なくお金を多めに渡したら、ニコニコし出した。
なんだ、お金見ると、機嫌がなおるということか。
僕の体調なんて、どうでもいいんだろうか。

家族間の支払いなのに、おばあちゃんは、凄く煩いんだ。
それに不安定なときに、顔合わせたくないからね。
まあ、そんなこと関係ないんだろうけど。
ほんと、腹立つなあ。。。イライラするよ。
叫ぶなんて、僕が悪人みたいじゃないの!?
お金渡せば煩くないから、今度は、半年分とか前払いにしようかな。

おばあちゃんは、お金には全然困っている人じゃないの。
何が何でも半日5千円支払い遅れても、何とも無いのに。
僕は、自分で稼ぐしかないし、精神的に厳しくても、
仕事だけは休まないでやっているっていうのに。
だから、ストレスもあるし、病院だってやっと行ったのに。
取り立てみたいに走ってくる。

さっき、自宅を父が散らかしたままだから、
片付けて掃除して、光熱費やらいろいろ支払いを済ませて、
実家に帰宅した途端、ワアワアで走って来たし。
嫌だ怖いよ。
ゾッとした。
なんなんだ、お金そんなに支払いしないと、襲ってくるのかな。
僕ローンとかないから、わからないけど怖いねお金ってさ。

今はね。我慢しているんだ。
財布をおばあちゃんに投げつけるところだったよ。
いっぱいいっぱいだと、言っているし、LINEでも話したのに。
ちっともわかってない。
わからないのが当たり前かな?
おばあちゃんは、障害は治ると思っているし、
僕が仕事のストレスとでなっていると認識しているんだ。

何百回説明すれば、わかるのか。
発達障害は、僕のせいじゃない。
生まれつきなのに、どうして僕のせいみたいに言われなきゃいけないんだろう。
病院に通うのも、精神手帳を持つのも、社会の中で、生活するためにだ。
仕事をするのも、趣味じゃなくて、生活のためだ。
その必死さは、伝わらないのだろうか。

実家に帰って来たとき、僕は妹の部屋の押入れを整理しようと、
いくつか押入れダンスを買ってきた。
すると、それを見て
「もったいない。お金をまた使って!」
とおばあちゃんは言う。
「妹が服を置いて行ったから、整理するんだよ。」
悲しくなる。怒りたくなる。
お金を無駄にしているみたいに言われる。

障害があってもなんでも、お金さえあればご機嫌なのかな。
買い物しようが文句言われ無いのかな?
僕は、高価なものは一切買っていないのに。
頭に来るよ。
もっともっと、働かなきゃいけないのかな?
稼げば文句ないよね。
追い詰めないでくれと、ワアワア言わないでくれと、頼んでも聞いていないんだもの。

さっきおばあちゃんに頭に来た自分に反省。
そうだ、おばあちゃん高齢なんだ。
それに、おばあちゃんは、おばあちゃんなりに孫の僕に言いたいんだなあ。
それを僕の方こそ理解して、歩み寄らなきゃいけないや。
お叱りはごもっともかな。
僕が障害あるから辛いのは、おばあちゃんにもわかってるはずだから。


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20才♂AD⚡️HD/アスペルガー/反社会性人格障害/双極性障害I型ラピッドサイクラー/薬→ストラテラ/炭酸リチウム錠/セレニカR/エビリファイ/ミヤBM/療育手帳B2/精神手帳2級。双子の兄サイもアスペ/反社会性。新婚。妻は超年上アスペルガーADHD。IT関係自営業。猫3匹飼い。レジン・滝好き。10才から不登校貫く。
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