発達障害なう

ツイッターで、投稿したものをコピーしてあります。

亡母について

【ご注意】このブログ(ツイッター含む)の文章の内容は、僕が障害を乗り越える過程です。現在進行形ではありますので、人によっては不快に思ったり、障害当事者の方は、フラッシュバックを起こす危険性もあります。文章で生々しく当時のことを再現しておりますので、閲覧される場合はじゅうぶんご配慮の上、自己責任でお読みください。また、自傷などは、一切僕はしておりません。
また、このブログに書いてあることは、あくまで、一障害者の発言であり、専門家の意見ではありません。僕の発言だけを鵜呑みにすれば、危険をともなうことになりかねません。そして、僕の文章は、全てを網羅するものでもなんでもありません。そして、発言内容を他者に押し付けるつもりもございません。その点、ご留意の上、お読みくださると幸いです。
【自己紹介】ADHD アスペルガー症候群 強迫性障害 反社会性人格障害 10才で診断。双極性障害は19才で診断。 小1からの出来事をツイートしています。発達障害関連無言フォローします。愛の手帳4(療育手帳B2)障害者手帳1級取得。精神年齢14才。亡母がアスペルガー・ADHD、現在21才。フリープログラマー♂ 2015年6月9日スタート

母の病気

母は11月に病気のため亡くなりました。
まだ40代でした。
僕は、先々、母を失うのではないかと言う不安を小さいころからずっと抱えてきました。
人に対して不信感を持ち、攻撃的で母子分離不安だった僕を、温かく包んでくれた母を失うことは、想像つかない苦痛でした。

このツイートは、母が亡くなる数日前に、潰れそうな心で書いたものです。


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おはようございます。
母の具合が悪いのでツイッターが出来ずにいます。
今日、入院先に皆で見舞いに行ってきます。
返信が出来ずにごめんなさい。
僕が小さい頃から母は肝臓病のため、入退院を繰り返していました。
母は医者に
「子供が高校生になる姿を見れないかもしれない。」
と言われていました。

母が肝臓病になったのは、理不尽なことが原因です。
もう何年も苦しんでいるのに救済されることはありませんでした。
本人も発症したときには、非常に悔しがっており、僕たち子供のために何とか長く生きようと、闘病していました。僕も何故母がこのような目に合わなくてはいけないのか理解できません。

母は、僕たち双子や、妹を産んだ後、C型肝炎を発症しました。
すぐに重症化してしまい、僕たちは何度も医者に
「今夜が山です。」
と言われました。
母はずっと病院に入院していましたから、僕はよくお見舞いに行きました。
当時は、病気のせいで差別なども受けたりとずいぶん辛い思いをしたと聞きました。

母は家にたった一日しか帰宅出来ず、ずっと病院で過ごすよりありませんでした。
体力が無いために、子供を抱っこもすることが出来ません。
たまに病院で、母の顔を見ると不思議な感じがしたのを覚えています。
僕たちの顔を見るのが楽しみだったと言っていました。
しかし、甘えることは出来ませんでした。

そんな状態から、母はどうしても生きると気力で闘病してくれたと思います。
子供のためには、少しでも長く生きたいと、辛い治療も耐えてくれました。
そのおかげで、僕たちは母と過ごすことが出来、療育も受けることが出来ました。
しかし、母は、いつも体力が無く辛そうにしていました。

何とか治ればいいと思いましたが、次の治療は、肝臓移植しか無いが移植したとしてもあまり良い結果は望めないと言われて、それが正しいのかどうなのか、僕には判断も出来ませんでした。
少し体力が戻った頃、離婚をしたので母は一人で働かなくてはなりませんでした。
今でもその頃の父が僕は許せません。

今日、母の顔を見てきます。
僕は母をこのような目に合わせたものを絶対に許せません。
しかし、母は
「なんとも思っていない。」
と言っています。
前を向かなくては、身体に良くないといつも明るいのです。
母との残された時間を少しでも、僕は過ごして、ひとつでも多くの母を知りたいと思っています。




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母語録 第三弾

いつも母は、僕のことを上手に誘導してくれていると思います。

無理強いせずに、時にはユーモラスに
気づかせるようにしてくれる母の言葉がとても好きなのです。


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失敗して笑い話にするのは良いが
乗り越えてからにしなさいよ
失敗を肥やしにするのは良いが
失敗にこだわるのはやめなさいよ
成功は失敗の積み重ねだからと言って
失敗にも質があるわ
道先の無い失敗を重ねれば自信を失いますよ
良質な失敗こそが成功に繋がるのよ


心の弱さを発見したら
自分であたためなさい
冷たくしては心が冷え込むだけよ
誰からでもない自分であたためなさい
誰かにあたためてくれなんて
言うことではないのよ
もしもそれが出来たのなら
あなたは誰かをあたためることが
出来るようになるのだから


子育ては衣食住を提供するだけのモノであって
成長してきたら衣食住を
自立出来るように教えたわけではないわ
そんなことは教えなくても結構
あなたは自分で考えなさい
そしてコツを知りたければ学びなさい
子育ては育てるだけのものよ
立つかどうかはあなたがやることだわ


好きなことをやって時間を潰すとしても
嫌いなことをやって時間を潰すとしても
なんにしても同じ時間だわ
どちらが良い選択なのかは
気の済むようにやりなさい
あなたの時間なのだからお好きにどうぞ
とっくにプレゼントしたのよ
あなたという時間をね
それが母だってことなのよ


サイが自信が無いと言うと

自信がない?
自信って自分を信じるってことよ
自分がわからないのなら
人もあなたをわからないわ
だからわかってくれなどと言えませんよ
自分を知りなさい
自分専門家になることね
あなたにしかなれない専門だから
研究するうちに自信もつくわよ


家族の時は永遠ではないわ
常に流れているものよ
それぞれのステージがあるのだから
今は集まっていられるけれども
一人また一人と卒業するものなの
学校のようなものね
良い家族だったのか
悪い家族だったのか
それはそうとしても
学校で人生は決まらないわ
あなたはあなたです


こどもが障害があるって知った時
特になんとも思わなかったわ
何故かってわたしには発達障害の知識も無かったし
知ったところでとりあえず
人間のこどもならなんとかなるでしょうくらいにしか
今でも思っていないわよ
何か問題でもある?


わたしは45を超えてから
障害がわかったのよ
確かにおかしいなとは思っていたわ
いちいちうまくいかないし失敗するし
それでも良かったわよ
下手にADHDですなんて言われていたら
もしかしたら自信を失って
甘えていたかもしれないわ
って前向きに思うようにしているのよ


人に出会ったら良いところを見なさい
人に出会ったら好きなところを見なさい
だってあなたもそうでしょう?
良いところ好きなところがあるから
生きて行けるんだものね
悪いところ嫌いなところばかり見たら
人間は生きて行けなくなるらしいから
生きる秘訣なのかもしれないわ


あなた達が発達障害を持って生まれたことも
わたしはマイナスには思っていないのよ
そもそもプラスもないわよ
こどもには何も無し何も無くても育てるのが母だものね
何かあるようにするのは個人のことだもの
期待がよくわからないのよ
期待ほど見えないものはないんだもの


双子の兄弟を10才から一緒に育てられなかったことに対して
「その子にはその子の居場所があると思ったわ。
家族の中でしんどいなら
物理的に離すことを選択したの。
二人を生かす方法だったのよ。
もしも一緒に居たら、お互いに潰してしまっていたわ。
わたしは光を消したくなかったのよ。」


僕たち兄弟は、揃って目つきが悪くて背が高く黒い服を好む。
まるでスパイのようだ。
出かけたときに母にくっ付く二人を見て母が
「あなたたち、いつから母親のボディガードになったのよ。
まるでシークレットサービスみたいね。
でもわたしは一般人よ。
悪いけど解雇するわ。」


サイは母が大好きだ。
見ていればわかる。
そんな二人の微笑ましいところを見てしまった。
母が寝る時にサイを呼んで
「おやすみなさい。握手しましょう。また明日会いましょうね。」
そう言って握手を求める。
サイは手を握りブンブン握手する。
もちろん僕は呼ばれても無視をしている。


母はだいぶ破天荒な人物だ。
何しろ思いつきの衝動性が強く、大雑把なので子育てについても適当である。
その大雑把な人から
繊細な兄弟が生まれたのだから面白い。
この組み合わせは味があったのだろう。

母曰く
「ソースと醤油のようなもの。
どちらも無くてはつまらないもの。」
だそうだ。

そして、母曰く

「子育てもそうなんだけれども、料理みたいなものよ。
料理もね、慣れてくるといちいち調味料を計ったりしないで作るでしょう?
それと同じなの。
最初はレシピを見たり教わるけれどもコツさえつかめば
あとは、勘よ。勘。」


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母語録 第二弾

ツイートの、【母語録】をまとめました。
今回は、はじめて解説(裏話)をブログだけにつけました。

相変わらずの母の人気ぶりに嫉妬しますね!
母がツイッターをやっていないのか、というお問い合わせもいただきましたが
残念ながら、今現在その余裕が無いそうです。

しかし、今子育てで悩まれている方々、みなさんに

「子供を産んでくれてありがとう、
まずはお母さん、あなたに御礼を言いたいのですよ。
そして、もしも、子供をしっかりと社会に出すことを願うのなら、
当然、子供を愛さなくてはなりませんが、その前に、あなたを愛してほしいのですよ。
自分を愛するということは、子供にとっての幸せにも繋がりますからね。
子育てを楽しんで、あなたも楽しんで、人生のお勉強を楽しみましょうね。」

だ、そうです。


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【母語録】
僕はよく学校にランドセルを置いて帰ってきてしまった。
たまに公園に置きっぱなしのこともあった。
酷い時になると、リコーダーだの絵具だの習字道具だの給食袋はよく忘れてくる。
帽子を被らせても川に流して面白がって、常に即日失くしていた。
母曰く、あなた本体が戻ってくればいいのよ。


※この後、母と一緒に、置いてきたものを探しに行くのですが、
母は、嫌がらずに
「あなたの歩いてきた道がわかるようで、お母さんはとても楽しいわ。」
と言っておりました。
僕は、探しに行くのは面倒だったのですが、母の様子に驚きました。
叱られると思ったからです。
しかし、母は、叱らずに、その置いてきた原因を一緒に探ったのです。
僕は、それで、原因を知って、気を付けるように自覚したとも言えます。


【母語録】
母は、起きる時間よりも寝る時間に煩かった。
僕は、生活リズムがめちゃくちゃだったが、兄や妹にはしっかりと躾けていた。
母曰く、
「子供には、寝る時間をしっかりと管理してやれば、朝は自然と目が覚めるものですよ。
その爽やかさを教えてやれば、不思議と身に付くものなのですよ。」


※朝、子供がすっきりと起きれないのは、必ず原因があります。
夜更かしをさせていないか、寝る前に不穏にさせていないか。
また、夜中に起きてしまう場合もあります。
この場合は、やはり、睡眠の見直しが必要です。
その原因さえ取り除けば、朝すっきり自分で目が覚めます。
そして、今日一日やることに前を向けるのです。

返信より
朝はゆったりとスタートした方がお互いの精神衛生上良いですからね。
母は、おだやかに~が一番嬉しいですよ!
子供からすると、朝学校に行くということは、結構エネルギーがいることですから、
お母さんが穏やかに送り出してくれるとすっごく安心して自分の良さを出しやすくなるんですよね。
ガミガミやられたまんま学校に行くと、それこそ影響を受けて、負のエネルギーを出してしまいます。
温かなワクワクする旋律からは、良いものを感じるので、自分に余裕が生まれるんですよね。
朝からそれを実行なさっているのは、良い影響を与える最高の育児だと僕は思いますよ!

☆みなさまとの交流から生まれるこんな会話も楽しいです。
お声掛けをくださってありがとうございます。


【母語録】僕は花をむしりまくる。どんな花でもクビチョンパする。
すると母は
「お花綺麗なところだけ採ってくれるのね。さすがセンスが良いわ。
それではガラスの瓶に浮かべてやりましょう。」
とガラスの器を持ってきて、そこに浮かべてくれた。
「ほうら綺麗ね。あなたはこういう美しさも好きなのね。」


※母は、まずは僕を認めることを第一にやってくれました。
行為そのものは、僕の特性故ですから、否定されても、どうしようもなかったのです。

何故、花をむしってもいけないのか、花を育てた人は、こういう行為を許さないでしょう。
しかし、それを教える前に、先に僕の行為を認めた上で、

「綺麗な花をこうやって、眺められるのも、育てて下さって花を咲かせた方の恩恵あってこそですね。
この花を育てた方は、花の美しさを見て、きっと長く花を愛でたかったでしょう。
そして、花が咲くことを、冬の寒い時期を乗り越えて、春になることを、心待ちになさっていたでしょうね。
しかし、あなたがすぐにむしってしまいましたから、その育てた方の成果を奪った事になりますわ。
ですから、そのことについては、あなたが謝罪せねばなりませんね。
そして、この花を今、観させていただくことに、感謝の御礼をいたしましょう。
きっと、喜ばれるはずですよ。」

僕は、花を育てた祖母に、謝罪をしました。
最初は、ムッとしておりましたが、僕が花の美しさの御礼を言うと
微笑んで
「そうですか。それなら、また、張り切って来年も咲かせますね。」
と、仰っていただけました。


【母語録】
雨が降ると僕は雨が汚いと、学校に行くのを嫌がった。
そうすると母は
「あら、雨の日じゃないとカエルさんにお会いできないのよ。
いつもは茂みに隠れているの。
雨の日には特別にご挨拶の歌をうたっているのだから、一緒に歩いて探してみましょう。」
そう言って手を引いて連れて行ってくれる。

※僕は、酷く雨が苦手で、どうしても触りたくなかったのです。
それは、大気中のチリや埃が雨には含まれていると知ってしまったからです。
しかし、母は、上手に僕を外に連れ出すことに成功し、
雨に打たれて、挨拶をしているカエルを見せ
「ほうら、カエルさんは、雨がお好きなようね。
きっと大地への恵みが雨にたくさんあるから嬉しいのでしょう。
雨は、水ですから、嬉しいぞ、ありがたいぞってね。
それを、一生懸命、私たちに挨拶しながら、歌って教えてくれているのね。」
僕は、雨の日は、母が手をつないで歩いてくれるのが好きだったのですが、
そのぬくもりと共に、カエルの歓喜の鳴き声も大好きになりました。


【母語録】
我が家では車で移動時に
「さぁ、しりとりをいたしましょう。」
としりとりが突然開始される。
我が家では本気の遊びなのだ。
僕は負けたくないので、一生懸命日本語の単語を覚えたものだ。
特に意地の悪い「り」で終わるものや「ち」などは、必死になって調べた。
これで単語をかなり覚えた。

※しりとりは、我が家ではかなりたくさんやっています。
妹も交えてやるしりとりは、かなり長くラリーが続きます。
僕は、最初妹が小さいことも手伝って、ズルをしたり酷かったのですが
そのうちに、ルールを覚えて(続けて二文字はいけないとか)
楽しむようになりました。
また、僕の負けず嫌いを母は上手に利用したんだと思います。
小学校高学年から、授業を受けれなかった僕にとっては、
このしりとりは良い実践の場所になり、力試しも出来たのです。


【母語録】
母の即興物語は、その場で作って終わるだけなのだが、毎回お話しの内容が違う。
まるで見てきたもののように、素敵で綺麗なお話しがはじまるのだ。
僕は母にどこかに書き留めておいたら?というと
「いえいえ、あなたたちの心にちゃんと書いておきましたよ。ほらね。」
と胸をくすぐります。


※母の即興話は、ユーモアの溢れるものであり、時にシュールで時にセンセーショナルでした。
よくある、昔話を真似て、どんどん話が膨らんだものです。
効果音までついており、間の取り方も最高です。
そんな母の即興話に、僕たちは聞き惚れ、ワクワクしています。
大きくなった今でも、即興話をしてくれるのですが毎回お話しが違います。
そして、こういうお話しは、書き留めず、子供の胸にあれば良いという考えで
母曰く
「書き留めたら結構辻褄のあわない部分がバレちゃうではないですか。
それを、もっともらしくお話ししているのですからね。」
だそうです。


【母語録】
我が家では、誕生日には18才までは全員で祝うことになっている。
大きなケーキを買ってきて、それぞれプレゼントを用意し食卓を囲む。
これだけは、例外なく参加せねばならないのだ。
電気を消して
「ハッピバースディ♪」
の歌を唄い、おめでとうと拍手され火を吹き消すのが楽しみでならない。

※僕は、18才ですが、母曰く
「あなたは特別に、20才まで延長してあげましょう。」
とのことです。
ろうそくを吹き消す権利は、誕生日の本人だけの特権となっており、
家族に祝ってもらえる本人は、たいてい嬉しさを隠せない笑顔を見せます。
きっと、僕も引きつりながらも嬉しくてくすぐったい顔していると思います。


【母語録】
母は、言葉づかいに煩く
「お前、おい」
などと呼んでも一切無視をする。
反応すらしない。
また、朝の挨拶、食事の挨拶なども、非常に煩い。
挨拶をしないと、一切の無視をされてしまい、相手にされなくなってしまう。
怒りの感情を出さない母だけにこの無視の恐ろしさたるや厳しさ満点なのだ。


※無視されるというのは、しんどいものです。
これは、何か相当まずいことをしているんだな、と自分で思わせる母の作戦だと思います。
ガミガミ叱られるよりも、これは効き目がありました。
無視されるのは、何故なのか、自分で直前の行動を振り返る癖もつきました。


【母語録】
僕は小学生の時、消しゴムをすぐ失くしてしまった。
自分で投げてしまうのだ。
どこに行ったのかもわからない。
毎度無くなる消しゴムに母は、筆箱に消しゴムをゴムでくっ付けてしまった。
僕が
「なにこれ!」
と言うと
「消しゴムも持ち主に似て鉄砲玉のようですから、くくりつけてあげました。」


※僕にモノの大切さを教えようとしても、まだ小学生の当時は、難しかったと思います。
それよりも、投げてしまう僕が悪いのではなく、モノの管理方法を工夫する母は
面白いですね。
みなさんも、実践されていると思いますが、子供にとっては有効ですね。


【母語録】
最近の会話。
母「食事にしますから、テーブルの上の漫画を片付けなさい。」
僕「嫌だ、後でやる。」
母「食事にしますから、今すぐ片付けなさい。」
僕「えー面倒くさい。」
それを聞いた母は僕を持ち上げるしぐさをして、
「そうですか、ならば、あなたを片付けた方が早そうですね。」


※これには、面食らって僕は大笑いをしました。
母は、
「言っても駄目ならば、元を断つ。」
と言っておりました。
夕食を食いっぱぐれたくないので、僕はせっせと漫画を片付けました。
他にも、僕がオヤツのゴミをそのままにしていると、母は
「明日は生ごみの日ですね。あら、ここにこんなに大きな生ゴミがあるわ。」
と、寝そべっている僕の足を引っ張ろうとします。
僕は、ゴミじゃないぞと言うと
「あら、ゴミにまみれているのなら、同じではありませんか?」
と言い返されてしまいます。


【母語録】
爪切りは所定の場所に置くことが義務付けられている。
我が家ではモノがそれぞれ置き場がきっちり決まっているのだ。
しかし、先日使おうと思ってもソコに無かった。
僕が使ったまま放置してしまったようだ。
母に聞くと
「爪切りでしたら、机で遊んでおりましたので1週間の謹慎処分中ですよ。」


※これも僕の行為を責めるのではなく、僕の行為によって、どんな損害が生じるのがを
教えたかったのだと思います。
もし、爪切りが無ければ(家族がよく使うものなら何でもそうですが)
爪切りのせいにして、そのモノに謹慎処分を下すのです。
逆転の発想と言いますか、ユニークだと思います。
たまに、爪切りが、素行が良かったとの理由で早めに所定の位置に置いてあることもあります。
(おそらく、僕がお利口にしていると、それに準じて短縮するのですね。)


【母語録】
兄弟げんかをした夜に、母は二人に即興話をしてくれた。
「お爺さんは川にお洗濯に、お婆さんは山へしば刈りに。」
僕たちは、それは反対ではないか?と聞くと
「いえ、そうですか?今日のあなたたちがそうでしたよ。
男と女の持ち分を補えないなら、こうなっても文句は言えませんよ。」


これも、上手に僕たちに、男女のあり方を教えていますね。
本来の、男女の役割を教えたかったのではないかと思います。
男らしく、女らしくを、どちらも、良いものとし、お互いの無い部分を上手に補いなさいということですね。


【母語録】
母は毎朝クラッシックを流し
「優雅なホテルの朝」
を演出している。
そこでちゃんとモーニングメニューをAかBか聞いてくる。
僕は最初このAかBが材料かなにか違うのだとばかり思っていたが、次にBを頼んでも同じものが出てくる。
AとBとは何の違いなのかと聞くと母は
「音楽の選曲です。」


※これには、本当に僕大笑いしました。
母は、ユーモアに溢れており、シレッとしてこう言うのです。
僕が、わざわざメニューにしなくても音楽だと言えばいいじゃないか、と聞くと
「まぁ、それでは、面白くないではありませんか。
朝食のメニューが何なのか、あなたにも楽しみにしていただきたいのですよ。
そして、ここはホテルですから、メニューがたくさんあって当然ですのよ。」
と言いながら、鼻歌まじりに作り
「はい、どうぞ、スペシャルBメニューでございます。」
と、出してきます。


【母語録】
外食したときなど、母は上座と下座に煩い。
常に入り口から遠いところに僕(もしくは兄)を座らせてくれる。
妹が文句を言うと
「今からしっかりと学んでおきなさい。」
と譲らない。
今では何も言わずに妹も席の配置に心配りをするようになった。
食事の作法にも煩く箸の持ち方がすっかり直った。

※日本には、数多くの作法があり、一遍には覚えきれません。
僕たち兄妹は、小学生4年(10才)になるまでは、レストランに連れて行ってはもらえませんでした。
ファミリーレストランには憧れましたが、一切駄目でした。
お蕎麦屋さんも、うどん屋さんも、お寿司屋さんも、駄目でした。
それまでは、子供だから、マナーが出来ていないという母の持論もあり、
唯一、ファーストフードくらいしか、連れて行ってはもらえませんでした。
これも、母なりの、場所によってルールを覚えさせる、というものがあったと思います。

外食デビューまでは、家で外に出ても恥ずかしくないように、箸の持ち方、食事のマナー
フォークとナイフの使い方などなど、実践をしながら、躾けてくれました。
たしか、はじめてレストランに連れて行っていただけたときは、妹と大緊張しました。
妹がやっと10才になったので、皆で外食が出来たのです。
しかし、躾のお蔭で、特に混乱することもなく静かに食事が出来ました。
今も、外出時には、皆でしっかりと作法を実行しております。


【母語録】
毎朝、母は妹のお弁当を作る。
朝から一生懸命、卵焼きを作ったり工夫をしている。
僕は可愛らしいそのお弁当が羨ましくて仕方がない。
母にねだると、
「あなたはもう社会人ですよ。
これは学生さん限定なのですから、欲しければそれ相応の学業に専念なさい。」
と言いつつお裾分けをしてくれる。


※母は、お弁当を欠かしません。
そして、みなさん、最近流行っているようですが、とても可愛らしく作るのです。
母曰く
「お弁当は、学校(職場)へ行っても頑張ってくださいね、と応援出来る魔法の箱です。」
とのことで、その魔法の箱を一生懸命作るのです。


【母語録】
母は日本は四季が綺麗で良いと言い、人も四季のようにありなさいと言う。
僕は意味がわからないので聞くと
「春はうららかポカポカ穏やかな心で、
夏は熱くて激しくぐんぐん成長する勇気の心、
秋は涼しくなってあっさりと身を立て、こだわりを捨てる心、
冬は寒く厳しく耐える辛抱の心ですよ。」


※日本は、素晴らしいですね。
四季がはっきりしていて、美しいからこそ、日本人は豊かな表現力が付き
自分をしっかりと持ち、人と人を繋げているのでしょう。
僕は、たとえ、障害を持って生まれたとしても、
日本に生まれて本当に良かったと思っています。
この恩恵を忘れないように、日本人の男子として、生きて行きたいと思っております。

また母語録を思いつきましたら、書いていきますね。



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母語録

母は子育てはいつ成功し、結果が出るのかを焦ってはいけないと言っていました。
じゃあいつわかるの?と聞いたら
「そうね、わたしがわかることではないの。
子供本人がわかることだわ。
それに子育てが良かったか悪かったかなんてわたしには関心が無いもの。
全力でやったことに悔いはないわ。」

そんな母の語録を集めてみました。


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【母語録】
シャボン玉が綺麗にできたとき
綺麗な花を見ているとき
可愛い猫を撫でているときどんな時でも、
母は必ず
「でもわたしには、どんなものよりも子供が一番綺麗で可愛いのよ。」
と、微笑んで付け加えます。

【母語録】
旅行や、食事に行くときは、母が運転しますが、帰宅すると必ず
「到着しました。みなさんお疲れ様でした。無事に着きましたね。」
食事のときは、
「美味しかったですね。」
と言います。
必ず声をかけられるので、僕も素直に母をねぎらうことが出来ます。

【母語録】
母は、御礼を言うとき必ず改まって言います。
子供にもそうです。
僕が荷物を運んであげた時に
「ありがとうね。助かりました。」
と、僕を呼び止めて、まっすぐ顔を見てお礼を言います。
僕も、素直に
「うん!どういたしまして。」
と、なり、次も気持ち良くお手伝いが出来るのです。

【母語録】
僕は母に
「いつも僕のことに手を焼いているけど嫌ではないの?」
と聞きました。
すると
「いえまったく。わたしが、お世話をするのは親の務めですよ。
務めがあるということは、有難いことなのです。
それに、親としてわたしのケジメです。
そしてそれをさせていただけるのは幸せなのですよ。」

【母語録】
家では、お互いの近況を自然に報告しあったり、意見をつのったりすることが多い。
その中心にいるのは、母である。
子供からの報告を聞くときはいつも冷静に本気で聞いている。
そして、子供がどうしたいのかを聞き、その上で疑問に答えることだけをしている。
自分の意見は押し付けないのだ。

【母語録】
家族の中で、意見を交わしあっていると、お互い気持ちよく意見が合うときがある。
そうなると、母はニッコリして言うのだ。
「お互いに素晴らしい意見が交流出来て良いことね。
そして意見の一致に至りました。
では、意見一致の握手をしましょう。」
と、言い、握手を求めてくるのだ。

【母語録】
いつも怒ったことの無い母は、常に穏やかである。
いくら忙しくても、穏やかであり、毅然としている。
何故そんなに穏やかなのか聞けば、母は、
「母というものは、子供に対して常に穏やかで無くてはいけませんよ。
その穏やかで安定したエネルギーこそが、子供の心を安定させます。」

【母語録】
母の親、すなわち祖母は楽天的であるが、ヒステリーに喚くところもあったのだと言う。
しかし、母はこれについても言う。
「わたしは、母が穏やかではないときには、その原因を聞きながらしっかりと寄り添い穏やかに母を温めました。
そして、母から温かさが返ってくれば満足しましたよ。」

【母語録】
母は常に言葉が美しい。
子供に対してもそうである。
母は
「汚い言葉は、負です。
わたしが負を使えば、あなたが負に囚われますでしょう。」
そう言って、日本語を正しく使うのである。
なんだか家の中でも仰々しいように見えるが、これが母にとっては、自分を母として緩めないコツだそうである。

【母語録】
母は、既に妹に女性としてのあり方を教えており、最近では母となるには、ということについての教えもしている。
ずいぶん気が早いと思ったが、母なりのステップアップなのだろう。
家事、金銭管理について、社会のルール、男性との付き合い方(男女の違い)、子供への考え方など多岐に渡る。

【母語録】
母は子供の特性を見抜いていると思う。
それについては的確である。
そして必ず声に出して話してくれる。
妹には
「あなたは、集団生活において非常にやり甲斐を持つようですから、社会に出て団体を重きに置いているところを選びなさい。」
妹の進路もズバリである。
妹は参考に選んでいるようだ。

【母語録】
母は子供に期待はかけていないのだろうか。
聞くと
「母である以上、子に期待するのは自然なことです。
しかし、その期待とは良い職業に就くことではありません。
しっかりと、自分の身を立てて、人に対して誠実な人間になること、自立を期待しているだけで、要は幸せになって欲しいだけです。」

【母語録】
母は、まだ17才の妹に、母とはなんぞやまで教え始めているが、もちろんそれは自然にそうなっているのだと思う。
しかし、妹はそう育てられて、最近では、以前にはない女性の雰囲気も見せるようになった。
外で、子供を見ればニッコリと穏やかに笑い、母と「可愛いわね。」と話し合っている。

【母語録】
母は、最近の僕を認めこう言う。
「あなたは、社会に出ておりますが、みなさんの意見をしっかりと胸に刻みなさい。
そして、男として、障害がある無しに囚われずに、いろいろな方に愛情を分けなさい。
そして、完全な自立が出来ない分、自分の分をわきまえなさい。」
「はい承知しております。」

母の子育て指南書

昨日はたくさん嬉しいことがありました。
僕は、ツイッターをはじめて本当に良かったと思っています。
障害を抱えながら生きて行くしんどさは、ずっと自分の中に秘めていましたが、
最近はこれを何かに活かせないかと考えるようになりました。
今まだなお、僕のように苦しんでいる方々に届けたい一心です。


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ツイートをしていると、母のことを聞かれることが、本当に増えました。
僕は当たり前のように、母に育てていただき、傍で見ておりました。
確かに母の育児は凄いなとは感じていました。
今までもいくつかご紹介させていただきましたが、今日も母について、お話ししてみようと思います。
うまく話せるかな?

母は、子育てに面白い解釈を持っています。
母なりの体験と経験から感じたことをうまく繋げているように思います。
僕は子育てをしたことがありませんから、丸っきり母の話になってしまいます。
それが子育てに於いて、正誤なのかの判断は出来ません。
そこを汲み置きつつお読みいただければと思うのです。


僕は、母から親子にしては珍しくたくさんの体験談を聞いています。
それは、母も僕も両者とも、体験をしっかり聞き感情で揺さぶられることなく、そこから学習するためだと思います。
母が「母」となったのは、21才の時でした。
まったく母になる自覚も無く、ただ妊娠してしまったのだと言っていました。

当時の父は、まだ頼りなく相変わらずちゃんとした職業についておりませんでしたから、二人ともまさかの事件だったのでしょう。
母は妊娠にも無頓着であったと笑っておりました。
当時、大企業に勤めていた母は、体調が思わしくなく同僚に、妊娠を疑われたのだそうです。
歩き方で見抜かれたようです。

同僚に産婦人科をすすめられ母は渋々、言う通り早退し行ったそうです。
母は医師に診察後
「おめでとうございます。」
と言われたのだそうです。
それが妊娠を意味するなどと母にはわからずに、ただ嬉しくなり御礼を言ったのだそうです。
すると、帰りに母子手帳を取ってくるようにと申しつけられました。

母は頭の中で?マークです。
そして母子手帳と言われ、やっとさっき3か月だと言われたことは、なんなのかわかったと言っていました。
母は褒められたことが嬉しくて、ウキウキして同僚の待つ会社に舞い戻り妊娠を報告。
しかも職場で、です。
母の笑顔の報告のせいで見事に妊娠が知れ渡ってしまうのです。

母らしいとは思いますが、まだまだ当時には、母の障害もわかっておりませんでしたし、本人はただ嬉しいことは皆に報告して分けようと思っただけだと言っていました。
そこから、自分の不利益になるようなことは、一切先が読めなかったのでしょう。
母は同僚に引っ張られ、連れ出されることとなりました。

同僚に
「何故あんなところで言うのだ。」
しかも課長にまで報告をするという(母子手帳を見せびらかしていた)痛いことを、母はしでかしたのです。
そこで、母は言ったそうです。
「何故?だって赤ちゃんが出来たのよ。おめでたいことだわ。」
同僚は、このとき母の方がおめでたいと思ったに違いありません。

かくして母は、当然産むことに何の躊躇もせず、幸せいっぱいとなります。
肝心の父には嬉々として報告をしたそうですが、良い顔をされなかったそうです。
しかし母にはそんなことは関係なく、お腹を見ながら子供のことばかりに、思いをはせて過ごしたそうです。
勤めは6か月の時に辞めたそうです。

母は、両親への報告も変わっていました。
僕はそこは興味がありました。
母は、電話で
「大変なニュースがあるわ!当ててみて!」
と祖父に言ったそうです。
祖父も面白い人で、
「そうか、なんだ、お前のことだから、食い物か?」
などと聞いてきたそうです。
そのたびに、母は違うー!とまるでクイズです。

祖父は、金か?男か?
母は、
「うわ近いそこらへん!じゃあ答えを発表します!妊娠しました!」
と声をあげたそうです。
祖父は、どれだけ驚いたでしょうか。
愛娘の母がテストの成績を報告するかのような勢いで告白したのですから。
しかし、祖父は
「そうか。お前はどうしたいのだ。」
と聞いたそうです。

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